忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
「若葉さんって天然だよね。味音痴だし、空気読めないし」
父は、まあまあ、と私を宥めた。
「黙って見守ろう。時間が掛かっても気づいてくれるって、お父さんは信じてるよ。四人はいつかきっと素敵な家族になれるって」
父が懇願するように私を見た。
頷くもんか。
笑顔を向けながら心の中で激しく反発した。素敵な家族になるなんて、よくそんなことが言えたものだ。お母さんのことは? お母さんと私たちの四人が素敵な家族じゃなかったの?
それからも若葉さんの評価を下げることに全力を尽くした。
若葉さんの携帯から男の名前の番号に電話を掛け、すぐ切る。若葉さんの携帯は夜中まで鳴りやまない。若葉さんに好意を持っている男たちが家に押しかけてきて、私は近所のおばさんたちを巻き込んで派手に騒いだ。警察も来た。若葉さんの評判はどんどん悪くなっていった。それでも若葉さんはめげなかった。だから私は若葉さんの職場に誹謗中傷の手紙を出した。何通も出した。
そうしてあの日、事件は起きた。
前の日に若葉さんがこぼした油の拭き残しで弟が足を滑らせて怪我をした。床の油は次の日に私が塗った。だけど、弟の怪我は望まなかった。誰かが転んで尻をついたら成功だった。
転んだ弾みで棚にぶつかった弟の額から真っ赤な血が流れて続けるのを見たとき、私は狂ったように泣き叫んでうろたえた。ごめんねごめんねごめんねごめんね。救急病院に運ばれて手当てを受けている間も身体の震えは止められなかった。
遅番のため遅い時間に帰って来た若葉さんに、父の目が曇ったのを視界の端で見た。
父と若葉さんが別れたのはそれから間もなくのことだった。