忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
「うん」
風になびいた髪をてのひらで押さえながら続きを促す。
「新しい母親が来るまで、俺と親父の食事はカップ麺や菓子パンやクッキーやコンビニの弁当だったんで」
唇を噛みしめた圭介を控えめに窺った。
「前の母親が家を出ていったのは、祖母が死んで少し経ってからでした。俺と親父がいつまでも悲しんでいるのが気に入らないって言ってましたが、まあ、それは口実で……。両親はほとんど喋らなくなってたし、俺の記憶にも母親が笑っている顔がないし」
「お母さんとはその後、連絡は?」
「一度だけ、会いに行ったというか、見に行った、ことはあります。もう別の家庭をもって子供もいて幸せに暮らしてました」
圭介は淡々と言って、私を気遣うように笑顔を向けた。
「とにかく母親は出ていって、古くて広い家には俺と親父だけになりました。親父は家事がまったくできないし、仕事も半端じゃなく忙しくて。――だから家の中がきれいでゴミも溢れてなくて、風呂に入れて、洗濯した衣類が箪笥の中にしまわれて、時間になればテーブルにご飯が並んでるなんて全部すごいことなんですよ。あたりまえじゃないんです。……洗濯機の中から汚れた服を取り出してまた身につける経験なんか、弟くんにはないはずですよ」
圭介の幼少時代を頭の隅で切なく想像した。
「そういうことは……どのくらい続いたの?」
「親父の異変に気づいた職場の人が、知り合いに失業中の女の人がいるからって紹介してくれて。家事は得意じゃないからお金はいらないって、手伝うのは、ちゃんとした家政婦を雇うまでの間だけって約束で。でも」
「もしかしてその人が?」
「今の母親です」
圭介は嬉しそうに頷いた。
もう随分経っているはずなのにはにかんで頭を掻いている。
「自分で言った通り、その人は本当に家事が苦手でした。だけど明るくて。……いや、最初から明るかったわけじゃないです。来たばかりの頃はあまり笑わなかったから。なにかに傷ついていて、可哀想だった、です」