忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
 
「心菜、結婚したい」
「え、展開が早いよ」
「そんなことない」
 初めて結ばれた日から、圭介は結婚を口にした。と同時に、家族のことを話すようになった。
 

 ――「最初は俺のほうが母さんと仲が良かったんだよ」
 圭介の思い出話はいつも楽しかった。
「いつのまにか親父が入ってきてさ。どっちがたくさん母さんを笑わせられるか競うようになった。けど親父が本気出してきて、俺は仕方なく引いたよね。まあ『家族』になってもらうほうがいいからね」
「健気ね」
「けどなかなか母さんは『うん』とは言わなかった。前の恋が母さんの中で終わらなかったらしくて」
「うそ」
 思わず両手で唇を覆った。陳腐な表現しかできない。
「親父は言い続けてたよ。『なにも心配しなくていい。俺たち親子に愛されてただ笑っていてください』って。体が痒くなるような台詞だろ?」
 ……ほんと、うちの親父は恥ずかしいんだ、と明るく笑う。

「どのくらい経ったかなあ、――ある日、母さんから“今日休みます”って連絡が入って、親父が『よし、行くぞ』って。親父にはわかったんだよね。母さんが前の男に会いに行くつもりだって。で、俺たちは母さんを尾行した」
「……なんだか、すごい話ね」
 圭介は肩をすくめて、これは実話です、とわざと真面目な顔を作った。

「母さんは、ちょっと離れたところからある家をずっと見てた。俺たちもその後ろから母さんをずっと見てた。そのときの会話は全然覚えてないんだ。ただネガティブな感情は覚えてる。
母さんが前の恋人と“仲直り”したら、家にはもう来なくなるのかなとか、そうなったら母さんとは二度と会えないのかなとか」
「ごめん、切ない。……なんか泣きそうよ」
「俺も思い出すと切ない」
 圭介は笑いながら言った。

「で、ここからもっと切ないからな。――家からひとりの男が出てきた。母さんは慌てたように身を隠した。それで俺たちは、その男が母さんの忘れられない男だとわかったんだ。物静かで冷たそうでかっこいい男だった。俺は『親父、負けた』って思ったよ。たぶん親父も思ったはず。何回もため息ついてたな」
 だけどさ! と圭介は口調を変えた。
「母さんは男の方には行かずに、来た道を戻ったんだ」
 私も、おおっ、と圭介に合わせて喜んでみた。

「で、晴れて結婚したのね」
「すぐにではないけどね――親父は、辛抱強いよ。けど俺もその血を引いてる。大切な人がこっちを向いてくれるまで、いつまででも待てる。待つことは平気かな」
「そっか。平気なんだ、すごいね」
 他意はなかった。けれど圭介が慌てだした。

「……あ、心菜、もしかして俺の辛抱強さを試そうなんて考えてる?」
「!」
 そんなスキルは私にはない。
 だけどちょっとからかいたくなった。
「さあ、どうしよう」
「待って。今の撤回。待つことは平気じゃない! 今それやられたら折れる!」
「やってみなきゃわからないよね?」
「心菜ぁ」

 私たちはなんでもない会話の途中でじゃれ合う。
 圭介は人前でもどこでも、想いを持て余したって顔ですぐに抱き寄せようとするから、その腕を解こうとする私とは動物園の小さな兄弟ライオンみたいな動きになる。
 あまりにしつこいと、いよいよ私も睨みつけなきゃいけなくて、そんなときの、切ない表情をする圭介が私はとても好きだ。





 【第2章おわり】
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