忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
♰
父と若葉さんが別れて少し経った頃だった。
私たちと離れた若葉さんがどんな風に暮らしているのか確かめたくなった。
いつものように電柱に身をあずけて若葉さんの部屋を見上げていると、一台のタクシーが私の横を過ぎて若葉さんの家の前で停まった。
降りてきたのは大振りのピアスをつけたショートカットの女性だった。
その人は迷うことなく私のところへ来た。
「きみ、若葉の恋人だった人の娘でしょ。写真で見たことがある――まだなにか用?」
その人は名乗らなかったし、私の名前も聞かなかった。ただ冷たい目で私を見下ろして言った。
「あのさ、若葉はきみが何をやったか全部知ってるからね。弟に怪我させたのも若葉じゃないよね」
膝が震えて立っているのがやっとだった。
前髪の隙間からひび割れたアスファルトの裂け目をみつめていた。
「もう若葉を傷つけることから卒業するのね。そして、若葉たちがきみのせいで別れたこと、きみが大人になって誰かを好きになるまでずっと覚えておきなさい」
「……」
私は俯いたまま走った。
――もしも若葉さんに会えたら言おうと思っていた言葉があった。どうして出ていったの? なんであきらめたの?
なじったら、若葉さんがあのくしゃっとした笑顔で「一緒に帰ろうか」と言ってくれるはず――そう想像した毎日を、道路のあちこちに脱ぎ捨てながら、走った。 ……そっか、全部バレてたんだ、私のしたこと。
いつかの父の言葉が頭の中を巡った。
『時間が掛かっても気づいてくれるって、お父さんは信じてるよ』
……あれ、私に言ってたんだ。
あの日を境に、私は変わった。
自分のことは二の次に、家族――特に、弟を大切にするようになった。もう私のことを「ココちゃん」と呼ばなくなり、代わりに「アネキ」と突き放して呼ぶようになっても、その額に小さく残った傷痕が私を見張っているから、私は、私のしたことを絶対に忘れてはいけなかった。