忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
「――『再婚しても子供は作らないで。私たちの子を、自分の子供だと思って育ててくれる人と再婚して』
母さんたちは、それを守ると誓って暮らし始めたって言ってた」
「え?」
耳を疑った。
……知らなかった。
……普通の精神状態ではなかったはずの母が残した願い――。それを父は守り続けて、若葉さんは受け入れて、私たち家族の元へ飛び込んできたの……?
「別れを決めた後、心菜のお父さんが言ったんだって、
『きみが子供を産まない人生を送らなくてよかったと思う』
『子供は無条件で可愛い。それが自分の子供と結婚相手の子供とでは違うのかどうかなんて――、できればきみには、そんな難しいことを考えなくてもいい相手と、幸せな結婚をしてほしい』って」
「……」
私は震える唇を指の腹で触った。
うまく、言葉が出てこない。
「俺たちと家族になれない理由を知って、親父は心菜のお父さんにムカついて、それを母さんにも言ったと思う。俺は――どうだったかな、親父の味方をしていた記憶しかない。
ただ一生懸命、言った。『子供ができることは大賛成』で『妹や弟ができるんだったら賑やかで嬉しい』『幸せに決まってる』って。何度も。何度も」
圭介が大きな息継ぎをした。
「圭介」
心配になって、たまらずに圭介の名前を呼んだ。
圭介は気まずそうに少し目を伏せた。
「初めは、母さんを選ばなかった心菜がどうしてるか気になって見に行ったんだ」
「……うん」
「俺の選択は本当に正しかったのかなって、その答えがほしくて」
「……うん」
「けどそのうち心菜を見ると慰められるようになった。心菜が迷ってないのに、母さんを選んだ俺が迷うなんてダメだろ、って思った」
「……うん」
圭介のために、相槌を打ち続けた。
「家には両親がいて、念願だった妹弟ができて賑やかで、俺は友達と遊んだり部活や好きなことをやれて、自由で。だけど俺は弱いから、気がつくとまた不貞腐れて、いじけて……。胸の中が黒い塊でいっぱいになったら心菜に会いにいったんだ」
「……うん」
私も、圭介と一緒に回想した。
――走って帰った家路で、制服のまま飛び込むスーパーで、洗濯物や布団を干す日曜日のベランダで、圭介が私を見ていたこと。
――道哉と過ごした学生時代も、背伸びをした恋に傷ついていたあの頃も――ひとりだった時間のあちらこちらに、圭介がいつも私の近くにいたこと。
不思議と嫌悪感はなかった。
その代わり、じわじわと増す温かさで何年にも遡って私を包み込んだ。
「――若葉さんと会ってくる」
恐怖に浸かっていては、前に進めないとようやく気づいた。
「過去のことを謝って、区切りをつけたい」
……私たちの未来のために。
そうは言っても、体は震えた。
「一緒に行くよ」
心配そうにする圭介に首を横に振る。
「ううん、ひとりでいく。だから圭介――、私が乗り越えるのを待っていて」
もう逃げちゃいけないから。
「必ず連絡する」
「……わかったよ」
もどかしさを纏う圭介をその場に残して、席を立った。
約束の時間はとっくに過ぎている。
私は、
若葉さんが待っている『懐かしい場所』へと走った。