忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜

「なかなか、出会いが、なくて」
 自分の声がどこから出ているのか分からなくなった。

「まだまだこれからでしょう」
「どうで、しょうか」
 頭を下げ、曖昧に答えて、なんとか逃げた。

 五十才を過ぎた父は、年相応という表現が似合うようになった。

 子供の頃は『心菜ちゃんのお父さんってかっこいい』と周囲の人たちによく言われた。
 くすぐったい気持ちでそれらの言葉を浴びていたあの頃に、小さな私を肩に担いで遠い風景を見せてくれる――そんな日々が永遠じゃないと気づくことができたなら、私は間違えたりなんかしなかった。きっと。
 
「実はお父さんにもお相手がいたりして、ということはないのかな」
「……そんなことは、ないと思います」
 話題はまだ戻らない。
「心菜さんには内緒にしているのかも」
「だったら、いいんですけど」
「親父、どうでもいいからそれは」
 圭介が割って入ってきた。
 私を窺うその口元は優しく引き上げられている。
「だけどなあ、心菜さんを嫁に出したらお父さんだって寂しいだろう」
「……」
 私は頭を垂れ、返事の代わりにした。

 知らぬ間に強く握りしめていたのか、ワンピースの裾にはシワが出来ていた。
 汗ばんで痺れた指を手の甲に擦りつけた。

「俺が息子になるんだから、心菜のお父さんは寂しくないんだよ」
 圭介が自分の胸を親指で突く。
「おまえが息子になるから心配なんだ」
「ひっでえ!」
「はははは」
 賑やかなやりとりと笑い声に耳を塞ぎたくなった。体内を巡る血液がどんどん温度を下げていく。意識が切れそうになる。過去が猛スピードで迫ってきて、私は倒れないように奥歯を噛みしめて、耐える。

 巻き戻せるなら時間を少し前に戻してほしい。ここへ来る前に。
 ――違う、圭介と出会う前に。
 ――いや、そうじゃない。やり直すならあの日からだ。
 中学二年生の秋、修学旅行を明日に控え弾むような心持ちで家に帰った、あの夕方に。




   ♰
 
 ――――「ただいま!」
 勢いよく飛び込んだ玄関に見慣れない靴があった。留め金に蝶がついた華奢なヒールだ。
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