忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
最終章
22.圭介と、弟と、鮨屋
――「ココ」
家から父と弟が出てきた。圭介が、あ、どうも、と慌てて頭を下げた。
「これからお寿司を食べに行くんだが圭介くんもどうかな」
勝負に勝ったのは弟のようだ。
「いいんですか?」
圭介の表情がぱあっと明るくなる。
父の唐突な誘いにも、圭介は嬉しそうに頬を綻ばせる。遠慮のない圭介の様子に父が笑っている。
「アネキ、荷物」
弟がぶっきらぼうに左手に持ったバッグを突き出して空気を変えた。
ふたりから視線を外して弟に向き直った。
「ありがと」
お礼を言うが、当然のように無視された。
住宅街を、四人で歩き出した。
父と圭介は並んで喋りはじめ、その少し後ろを私が歩く。弟はかなり遅れてスマホをいじりながらついてくる。
「カノジョ?」
振り返って話しかけると、うざっ、とひと言返ってきた。
+ +
夜の営業を開始したばかりの鮨屋には、まだ客は一組もいなかった。六、七人座れるカウンター席と小ぶりの座敷が三つ。私たちは一番奥の座敷に通された。長方形の座卓に父と弟がひとりずつ、私と圭介が並んで座った。
「圭介くん、ビールでいいかい?」
「はい」
「俺、グレープフルーツサワー」
弟は聞かれる前に自分の分を注文した。
それを聞いた大将がカウンターの中から感慨深い声を上げた。
「そうか、息子も二十才になったかあ。そうすると心菜ちゃんも……」
指を折り始めた大将に、「計算しなくて大丈夫です!」と声を張ったら圭介に笑われた。
「で、そっちのお兄さんは?」
「広瀬圭介です。以後、よろしくお願いします」
圭介が大真面目に自己紹介をしたせいか、大将と奥さんは間を作った。たぶん、私たちの関係性を聞くつもりだったはずだ。タイミングを失ったと言いたげな、その間が可笑しかった。
酒と数品の一品料理で小腹を満たしながら語らうこと数十分後、特上寿司が運ばれてきた。
漆塗りの寿司桶ではなくこの店独自の大皿に盛られて目の前にやってきたそれに、圭介は子供のように大きな身体をわくわくさせた。
食べ始めると「うわっ、マジでとろける!」とか「赤身なのに脂のりすごっ!」とか、料理番組のレポーター並みのリアクションで、気を良くした大将から出し巻き卵と抹茶アイスがサービスされた。
「この人連れてくると俺ら得するかも」
弟がぼそりと言って、父が空咳をしながら、私は口元を押さえながら笑った。圭介だけがぽかんとしていたけれど、和やかな空気にまた口は滑らかに動きだす。
そうして注文したものを平らげるまで賑やかな時間は続いた。