忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
食事を終えて店を出ると、空はすっかり暗くなっていた。
会計のあとで大将と世間話を始めた父を残し、酔った頬を夜風に晒した。
「風がだんだん気持ちよくなるね」
「そうだね」
圭介の言葉に頷いてから、すぐそばにいる弟にも一応笑いかけてみた。けれど会話に入ってくる気はないらしく、明後日の方に視線を向けている。
「夏も終わりかあ」
圭介が伸びるように言った。
私は少し肩をすくめる。
「ようやく、って感じ」
あと半月ほどで季節は変わる。
穏やかな秋のあとには引き締まった冬もやってくる。寒さを越えれば芽吹きの春に、そうしてまた同じ季節を迎える。いつかすべてが懐かしい記憶になることが、今の私の願いだ。
――と、カーディガンを店に忘れてきたことに気づいた。
「ちょっと、ここで待ってて」
鮨屋の門を抜けたあたりで、私はふたりに断って店へと取って返した。
再び暖簾をくぐると、奥さんが私の忘れ物に気づいてカーディガンを手渡してくれた。まだ店主との会話を続けているほろ酔いの父を残し、私は奥さんに小さく目配せをしてひとり店を出た。
砂利の上に敷かれた枕木の歩道を戻り、幸せな夜だなあ、としみじみ思う。――圭介のおかげで、笑ってばかりいた。
門の手前でぼそぼそとした低い声が聞こえてきた。近寄る分だけ会話は大きくなった。
「――――アネキと結婚すんの?」
弟の声だ。