忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜

 いつものなげやりな口調を圭介にも向けている。
「そのつもりだけど」
「ふーん」
 真摯に答える圭介とは対照的に、弟の声には緊張のかけらもない。
「反対?」
「……」
 ちょっとした間。
 私の足が勝手に止まった。
 一方通行の小道は静かで、高いブロック塀の向こうの会話がクリアに聞こえてくる。

「はっきり言ってくれていいよ」
「別に」
 心配声の圭介にも、弟はそっけない反応を返している。
「どうでもいい」
 弟がよく使う言葉だ。――別に。――どうでもいい。
 これまでも返事をしてくれるだけマシとあきらめて放っておいたけれど、こんな場面でも使うのだ。
「好きにしたらいいし」
 しかも結論は適当極まりない。自分で質問したくせに。
「わかった。好きにする」
「あっそ」
 友好的な圭介に、にべも無い。
「きみは俺の弟ってことになるから」
 圭介も負けてはいない。
「俺は心菜みたいに優しくないと思うよ」
「ふーん」
「これからよろしく」
「どうでもいいけど、アネキ泣かしたらコロすから」
 そのときだけ弟の口調は少し鋭くなった。
「覚えといて」
 間延びしたようなぬるい風がはっとするくらいひきしまって、一瞬世界が音を止めたみたいに無になった。咄嗟に、口元を手で覆った。
「うん。しっかり覚えとく」
 圭介の声が強く答えている。
「分かればいーよ、もう」
 弟の口調はいつもの無関心なそれに戻って、空気はまた緩くなった。
 ――フラッシュバックが起きる。
 反抗期が終わったあとも、弟は家の中で無駄なことを言わなくなった。私と目と目を合わせなくなった。そして笑わなくなった。その弟が今、子供の頃の、私にしがみついてばかりいた泣き虫な弟と霞んだ視界の中で重なった。


「ありがとうございました。お気をつけて」
 カラカラカラ、とドアが開き賑やかな見送りの声が聞こえてきた。
 私は慌てて父に駆け寄った。不思議そうにする父の腕を取り、一緒に出てきたようにしてふたりの元へ戻った。そうして、酔っ払ってしまったとでも言うように、目元を擦って滲んだ涙を誤魔化した。

 私と父と圭介は縦になったり横になったりしながら固まって歩いた。
 弟は少し離れてついてきた。前を歩くこの三人とはなんら関係ありません、という澄ました顔をして。



  

 その夜、
 圭介とふたりきりになってから、私は用意していた結論を伝えた。
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