忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
24.岬のチャペル
「やっぱりここで正解」
圭介が得意気に言った。
前撮りの撮影と指輪の交換、ベールアップの練習を済ませ、ガラス張りの窓に広がる空と海を並んで見ていた。
「すごいね」
感嘆する。
青の世界に吸い込まれてしまいそうになる。あとは着替えて帰るだけなのに、なんとなく去りがたくてふたりで手を繋ぎ静かな風景に身を委ねていた。
「ここで式やれたらいいなってずっと思ってたんだよね。人生は強く願ったらなんだって叶うんだよなあ」
しみじみと、楽天的なことを言う圭介に口元を綻ばせる。
「あれ? 心菜は異論あり?」
「いいんじゃない。微笑ましくて」
「あ。ばかにしてる」
「してないしてない」
素直な圭介が羨ましいだけよ、と心の中で言う。
「心菜、俺から離れないよね」
突然に、圭介が言った。
圭介は前を向いたままだ。
「俺から離れるときは死ぬときしかないからね」
「どうしたの、急に」
「確認だよ。ただの確認」
私は、やめて、縁起でもない、と答える。
圭介の横顔から視線を外して目の前の、海と空の境目を見る。
繋いだ手のひらに僅かな振動があった。小さな動揺だった。
指先を使って圭介の手の甲を撫でる。ゆっくり。
海の香りも波のざわめきも窓ガラスの向こう側にある。
どんなに美しい風景も隣にいる圭介の存在には適わない。圭介の息遣いと慣れたコロンとお喋りな唇と、ときどき見せる切羽詰った表情や底抜けに晴れた笑顔、素直な言動――圭介のすべてを、一番近くで感じていきたい。
離れるなんて、想像もしたくない。
そのことをどう伝えればいいのか思案して……、時間だけが過ぎて、結局別の話題に移ってしまう。今もそうだ。
「この後どこかでお茶していく?」
「あ、うん、していこう」
私はいつも伝えきれない。この胸の愛おしさを。
だけど、と顔を上げて圭介を見る。
私たちは家族になる。焦らなくてもいいよね?
「心菜のスマホじゃない? 鳴ってる。ほら」
身軽な圭介が、私の代わりにスマホを取ってくれた。
送信相手は元同僚だった。引き継ぎをして退職したのだが、分からないことがあると質問のメールがくる。
:谷口さん、今日はリハーサルでしたよね。ウェディングドレス姿メールで送ってください!
珍しく、今日は仕事の話ではなかった。
……教えなきゃよかった、
私は眉間を寄せる。
やり取りの中で聞かれるまま、なにげなく答えたスケジュールを後悔した。
「心菜、足どうかした?」
圭介が言った。
「え? どうして?」
私は聞き返す。すると圭介は傾げていた首を戻した。ドレスの足元から視線を上げて、私の手の中の画面を読む。
「――画像送る? 撮ってあげる」
「いいの、いいの」
私は手を横に振った。こんなふりふりでふわふわでラブリーな格好を他人に見せるなんて罰ゲームもいいところだ。
「いいじゃん、自慢しよう!」
私の手からするりとスマホを抜き取って素早くシャッターを押す。
「やだ。返して、もう」
「すっごい綺麗だから絶対送った方がいい」
「だめだめ、送らないで!」
「送るよ、いいよね」
私のスマホを持った圭介が走り出して、私は手を伸ばして後を追う。追いかけっこのような格好で衣装室の前まで来た。式場のスタッフが笑っている。
赤面しながら、返されたスマホを慌てて確認した。送信ボタンは押してなかった。もうっ。圭介の腕を叩く。にいっと笑って、圭介は隣の部屋へ入っていった。