忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
25.私にできること
庭に咲いている紫と薄桃色のストケシアを花束にして新聞紙で包んだ。先月はミヤコワスレを摘んで墓地へ持って行った。来月になったらシュウメイギクを、冬にはスイセンを供えよう。祖母が庭に植えた植物たちは半分日陰の場所でさえ、あまり手を掛けなくても一年中咲いてくれた。
靴の底についた土をコンクリートの上で足踏みをして払い落し、縁側に置いていたバッグを持った。裏口のドアに鍵を掛け忘れていないかをもう一度確かめてからガレージの脇を通って通りへ出た。陽射に手をかざしながら今日の暑さを確かめる。傘は持たなくてもいいみたいだ。ノースリーブの白いシャツにいつでも羽織れるように薄手のカーディガンを持った。
墓地まではバスを使った。
バスを降り、緩い坂道を登っていく。ゆっくりと。
あの日の記憶の一部が私にはない。
チャペルでリハーサルをしていたときの幸せな時間を思い出して笑みを浮かべ、周囲の音だとか匂いだとか私を覗き込む誰かの眼差しに、逆流する渦の中へ巻き込まれるみたいに本物の記憶を呼び覚まし叫び出しそうになる。そんな混乱は、今でもときどきある。
「――俺のせいだ」
いつだっただろう。西日が穏やかになった時間帯の、ぬるく静かな病室で道哉が絞り出すような声で言った。項垂れたまま、病院の個室のドアを背に立ちつくしていた。
――おまえに嫌がらせをしてたのは、まみだった、
――俺がくだらない嘘をついたから、だからまみは思いつめてあんなことを、
あの日まみちゃんは朦朧としながらチャペルへやってきて、そのまま男性衣装室の札が掛けられた部屋へ入った。挙式が入っていない日のチャペルはスタッフの数も最小限で、誰もまみちゃんに気づく者はいなかった。
「俺がもっと早く、まみに会いに行っていればこんなことには……」
道哉はまみちゃんが好きだった。
好きなんて言葉じゃ追いつかないくらいに、まみちゃんを一途に想っていた。私には格好をつけて言わなかったけれど、道哉は何度もまみちゃんの家へ出向き頭を下げた。けれどまみちゃんの家族が態度を軟化させることはなかった。
ようやく家の中へ入れてもらった日、道哉はまみちゃんのお父さんに言われた。
「きみは仕方なく女装をしていると言った。けれどそれは事実とは違うのではないか。私には、きみはこの場を乗り切ることしか考えていないように見える」
道哉の本心を見抜き、「憐れだな」と言った。
それが最後だった。
道哉は羞恥心に耐えられずまみちゃんの家から逃げるように飛び出して――、もう二度とまみちゃんとは会わないと決めた。
――家族に反対されるような男とじゃ、まみは幸せになれない、
――結婚はふたりだけの問題じゃないから、
そう自分にも、私にさえ、言い訳をしながら。
道哉は開き直ってしまおうと決めた。そうやって気持ちを騙しながら時間をやり過ごしていた頃、私に真っすぐな愛を向ける圭介と出会った。その一方で弱さや醜さを隠し通すのに必死な、自分のことしか考えていなかった私のことも、すぐ近くで見続けることになった。
逃げ道を用意して自分を慰めていたあの頃の私は、幸せには縋らないと嘯いて、そのくせ圭介の愛が欲しくて欲しくてたまらない矛盾の存在だった。
道哉はそんな私を見て、まみちゃんのお父さんが使った“憐れ”の意味に行き着いた。
嘘をつくから現実はこんがらがる。嘘で固めた土台の上で築けるものはない。
道哉は私を通して自分を見た。道哉が圭介を放っておけなかったのは一途なまみちゃんを重ねてたからかもしれない。