忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
3.記憶の断片(1)
いつしか、父はなんでもない場面でよく笑うようになった。
慌ただしい家事の最中でも、弟が絨毯にプリンをぶちまけたときでさえも。
私は父の変化が面白くなかった。
親子三人での生活がつまらなかったと言われているみたいで不愉快だった。三日と置かず家にやってくる若葉さんにも、当たり前に招き入れる父にも、苛々しっぱなしだった。
それから少しして、夕食のテーブルで父が耳を疑うようなことを口にした。
「近いうちに若葉さんが引っ越してくることになった」
「ほんとう? ワカちゃん、ずっとこのいえにいてくれるの」
若葉さんにすっかり懐いてしまった弟は手を叩いて喜んだ。
「家族になる、その練習だよ」
父の言葉に若葉さんがはにかんで頷く。じゃれつく弟を撫でながら私に笑顔を向ける。
「ココちゃん、これからもよろしくね」
能天気にウインクまでして。
「仲良くしようね」
それ以外の答えなど世の中に存在しないみたいに。
「ココちゃんとは年が近いしいろんなこと相談できたらいいなって思ってるんだ。ココちゃんも私になんでも言ってね。学校のこと友達のこと、好きな男の子のこともね。お父さんには絶対内緒にするから」
悪戯っぽい目を父に向ける。
「内緒はずるいぞ」
父が少年のような笑い声を立てた。
ずっと続いている不協和音。私を苛立たせているその雑音の正体は、ふたりが口にした『家族』の在り方だと気づいた。
「……友達って言ったじゃない」
声も身体も怒りで震えた。
小声が聞き取れなかったのか、それとも意外だったのか若葉さんは、えっ? と耳を傾けた。
「嘘つき!」
噛み付くように叫んだ。
立ち上がった拍子にグラスが床に落ち、液体が私の足元を濡らした。
弟が泣き出して、呆然とする若葉さんと父が引き寄せられるように目と目を合わせた。落胆と失望が入り混じったふたりの目配せにカッとなって、私はリビングを飛び出した。呼び止められたかどうか、後になって考えても思い出せない。
それから数日後、若葉さんは引っ越してきた。
私は相変わらず不貞腐れていたけれど、そんなことはふたりにとっては取るに足りない些細なことだったのだろう。私がいれば重苦しくなる空間は三人だと和気藹々となる。みんなが私の顔色を窺うような素振りをするから疎外感はますます強まって、心はどんどん黒くなっていった。流し込まれた黒が重なって重なって、身体の中を占拠していく。深い洞窟を覗き込むみたいで怖いのに、止める術がなかった。
「ココちゃん、なんでずっとおこってるの?」
ある日、小さな弟が責めるような目を私に向けたとき、私はとうとうこの家でひとりぼっちになってしまったと感じた。