忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
私とは八才違いの弟は、初めから母を知らない。
母は弟が生まれた数日後にこの世を去った。
私と父には分かっていた。
自分たちは今、七色に輝くしゃぼん玉の中にいて、この穏やかで目映い光の中の幸福は突けばあっという間に割れて消えてしまう儚いもので、その瞬間はもうすぐやってくることを。
「ココ、弟を守ってね、お父さんの世話もお願いするわよ」
吐く息も声もとても弱くて、こうやって喋ることも辛いんだと子供ながらに分かって、私は泣きながらも何度も何度も頷いた。
「あなた、ふたりの子供たちを……」
父に手を伸ばした。父が母を抱きしめてその耳元になにか囁いた。
自分の嗚咽のせいで、ふたりの会話を聞き取ることはできなかった。けれど、父と母が互いを深く深く焼きつけるように見つめていたことは、私の胸の奥底に刻み込まれた。
その数時間後母は逝き、私たちは三人家族になった。
――「ココちゃんはわがままだ」
子供のくせに眉間をぐっと寄せて弟が言った。
「ココちゃんがぶすっとしてるからおうちのなかがくらいって、おとうさんがいってた」
そうか、悪者は私か。
「みんなでなかよくしたらいいじゃん」
生意気に、弟は顎をぐんとあげて私を見た。
「ワカちゃんとおとうさんがかわいそう」
「……わかったよ」
私は立ち上がり自分の部屋へと駆け上がった。もうこの家に居場所はないと思った。
祖父母の家で暮らそう、こんな家……、ニセモノのこんな家族、私だって大嫌いだ。
一番大きなバッグを乱暴に開け学校の道具、制服、下着や洋服、小物、大切なもの、次々に放り込んだ。けれど掴んだアルバムの隙間から家族写真がこぼれ落ちたとき、心臓が締めあげられた。母との約束が蘇る。母の最期の声――。
私は茶の間へと戻り、絵を描いている弟の小さな肩を揺すった。
「お母さんは世界中でたったひとり」
仏壇の遺影を真っ直ぐに指す。
「お母さんはね、あんたを産んでくれたあのお母さんだけ」
弟は私の剣幕に目を白黒させたがすぐに、ふうん、と鼻先で言って目の前の画用紙に興味を戻してしまった。
唇を噛んだ。
悔しさが悲しみを飛び越えた。
私は意識の転換を図った。
同時に覚悟も持った。若葉さんを家から追い出してやる。そのためにはどうしたらいいのか、私は人生で一番考えて考えて、ひとつの計画に行き着いた。