この恋で、夜を越えて

第三話 有明月〜ありあけづき〜

夜空には、今にも溶けそうな細い月が輝いていた。


……彼女を抱いた。
その甘美な夜の後、菫は数日寝込んだ。

『心配かけてごめんなさい』

すまなそうに笑った頬は、やつれていた。

『まだ少し痛みもあって……あちこちに』

言い淀む声に恥じらいが滲み、宏雅との夜が負担だったと、すぐ理解した。

『往診、頼むか?』

心配で眉を寄せた宏雅に、慌てて菫が首を振った。

『大丈夫です!そんな……大袈裟です、よ』

耳まで赤くなる。その初々しさに、たまらず菫を抱きしめた。顔を見られない体勢で、本音が漏れる。

『悪かった……抑えが効かなくて。おまえが可愛すぎて。それに、その……俺みたいな男を受け入れてくれたのが、嬉しかったんだ』

何も知らない彼女を、情熱のままに抱いたことが悔やまれる。どうにも歯止めが利かなかった。

『私も嬉しかったです。宏雅さんと一つになれて……嫌じゃなかったから』

ぎゅうっと抱きしめ返されて、愛しさに息が止まる。体が沸騰しそうなほど彼女を求めてしまう。落ち着こうと息を吸えば、菫の髪から花の甘い香がした。

……いけない。
このままだと、また押し倒してしまう。
宏雅は、ぎくしゃくと優しく額に口づけて『ゆっくり休めよ』と、彼女を安心させるように微笑み、その場を後にした。

翌々日、出社した彼女は儚くて、宏雅は気が気じゃなかった。

女子校から女子大へ。
そのまま新卒入社した菫は、社長直属――つまり宏雅の秘書となる。

恋人は……宏雅が初めて。

少し考えれば分かること。
男の衝動を、激しくぶつけられる相手では無い。

今までの人生。
星の数ほどの美女を抱き、勝手気ままに甘い蜜を貪ぼり、一夜限りの恋を楽しんできた。
そんな抱き方を……しては、いけない。

見返りを求めない愛と、真っすぐな信頼を寄せてくれる菫は、冷え切った家庭で育った宏雅にとって、かけがえのない眩しい存在。

だから宏雅は、彼女だけは慎重に優しく抱こうと決めた。


……男の欲望が騒ぐ夜がある。
その激しさを、彼女に向けられない。

――壊すわけにはいかないのだ。
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