モブの私に、王太子殿下は本気らしい

1.ここ、乙女ゲームの世界じゃない?

 目を覚ました瞬間、私は天蓋付きのベッドの中にいた。
「……え?」
 見慣れない白い天井。金色の刺繍が施されたカーテン。窓辺に飾られた、見たこともない花。
 そして、私の目の前で心配そうに顔をのぞき込んでいる、見知らぬ女の人。
「お嬢様! よかった……! ようやく目を覚まされたのですね!」
「お、お嬢様?」
 思わず聞き返すと、女性は目を丸くした。
「まあ、どうなさったのですか? 頭でも打たれましたか?」
「えっと……ここは?」
「何をおっしゃっているのです。フローリア伯爵家のお屋敷ですよ」
 フローリア伯爵家。
 その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中に、あるゲームの記憶がよみがえった。
 ――『光の花嫁と七つの魔法』。
 前世の私が大好きだった、恋愛ファンタジーの乙女ゲーム。
 光の魔法を操る王太子アレクシスと、個性豊かな攻略対象たち。そして、彼らとの恋を邪魔する美しい悪役令嬢。
 私は、そのゲームの世界観を知っている。
 知っているけれど。
「……まさか」
 私は震える手で、自分の頬に触れた。
 柔らかい肌。細い指。見慣れない淡い茶色の髪。
 慌てて鏡を見せてもらうと、そこには、見覚えのない少女が映っていた。
 年齢は十七歳くらいだろうか。柔らかな髪に、少し垂れた大きな瞳。特別目立つ美人というわけではないけれど、どこか愛らしい顔立ちをしている。
 そして、私はこの少女の名前を知っていた。
 リリアーナ・フローリア。
 ゲームの序盤、王立魔法学園の食堂で一度だけ名前が出てくる、ほとんど出番のない伯爵令嬢。
 つまり。
「私、モブに転生しちゃったの……?」
 呆然とつぶやく私に、侍女は首をかしげた。
 いや、待って。
 モブなら、むしろ好都合じゃない?
 主人公でもなければ、悪役令嬢でもない。
 王子様に恋をして失恋することも、悪役令嬢に目をつけられることもない。
 目立たず、騒がず、平穏に暮らせばいいのだ。
 王子様の顔を遠くから拝めたら、それで十分。
「よし……!」
 私は小さく拳を握った。
 目標は、平穏な人生。
 恋愛イベントには近づかない。
 攻略対象には関わらない。
 そして何より、悪役令嬢セレスティア・ローゼンベルクには絶対に近づかない。
 そう決めた私は、まだ知らなかった。
 この世界で一番関わってはいけないはずの王子様が、まさか私に夢中になるなんて。
 夢にも思っていなかったのだ。
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