モブの私に、王太子殿下は本気らしい
2.王立魔法学園へ
転生してから二週間。
私は、なんとかこの世界の暮らしに慣れ始めていた。
食事は驚くほどおいしいし、お風呂は広いし、侍女は優しい。
ただ一つ、困ったことがある。
「お嬢様。本日の入学式のお召し物はこちらでよろしいでしょうか?」
「う、うん。ありがとう」
そう。
今日は、王立魔法学園の入学式なのだ。
ゲームの物語が始まる日。
そして、王太子アレクシスがヒロインと運命的な出会いを果たす日でもある。
私は鏡の前で、淡いピンク色のドレスを見下ろした。
「……目立たない。私は目立たない」
何度も自分に言い聞かせる。
学園に入ったら、なるべく人の少ない場所で過ごそう。食堂では壁際の席を選んで、授業が終わったらすぐ寮に帰る。
それで完璧だ。
王子様がどんな恋愛をしようと、私には関係ない。
そうして私は、意気揚々と学園へ向かった。
――ところが。
「きゃっ……!」
学園の門をくぐった直後、目の前を走ってきた小さな男の子が、石畳につまずいた。
手に持っていた本が散らばり、男の子は今にも泣き出しそうな顔をしている。
周囲にはたくさんの生徒がいた。
けれど、誰もが入学式に気を取られていて、立ち止まろうとしない。
私は思わず駆け寄った。
「大丈夫? 怪我してない?」
「う、うん……」
「よかった。ほら、本を拾おう?」
散らばった本を一緒に集め、膝についた土を払ってあげる。
男の子は、ほっとしたように笑った。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。気をつけてね」
男の子が走っていくのを見届け、私は満足して立ち上がった。
よし。いいことをした。
さあ、今度こそ目立たないように――。
「お嬢さん」
「はい?」
振り返った瞬間、私は固まった。
そこに立っていたのは、金色の髪に、澄んだ青い瞳を持つ青年だった。
白を基調とした制服には、金色の刺繍が施されている。
背が高く、姿勢がよく、絵画から抜け出してきたような美しさ。
その顔には、柔らかな微笑みが浮かんでいた。
……嘘でしょ。
この顔を、私は知っている。
忘れるはずがない。
何十時間もゲームをプレイし、何度もスチルを見返した、最推しの王子様。
アレクシス・ルミナス。
ルミエール王国の第一王子にして、次期国王。
「先ほどの子を助けてくれたんだね。ありがとう」
「い、いえ! そんな、大したことでは……!」
私は慌てて頭を下げた。
お願いだから、これ以上話しかけないで。
あなたはゲームのヒロインと恋に落ちる人なんです。
私は背景の一部なんです。
どうか、そのままお通りください!
心の中で必死に祈っていると、王子は少し不思議そうに首をかしげた。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「えっ」
なぜ!?
どうして名前!?
「あ、あの、私は……リリアーナ・フローリアと申します」
「リリアーナ嬢、か」
王子は、私の名前を確かめるように繰り返した。
そして、優しく微笑んだ。
「素敵な名前だね」
――心臓が止まるかと思った。
いや、待って。
王子様という生き物は、こういうことを自然に言うのだ。
きっとそう。
私だけに言っているわけではない。
「ありがとうございます……」
「こちらこそ。君に会えてよかった」
にこり。
王子の笑顔は、反則だった。
私は顔が熱くなるのを感じながら、なんとか一礼した。
「そ、それでは、失礼いたします!」
逃げるようにその場を離れる。
背中に視線を感じたけれど、振り返らなかった。
そのせいで、私は気づかなかった。
アレクシスが、私の姿が見えなくなるまで、ずっとこちらを見つめていたことに。
「……リリアーナ」
彼は小さく名前をつぶやいた。
初めて会ったはずなのに。
なぜだろう。
もう一度、話がしたいと思った。
もう一度、あの笑顔を見たいと思った。
そして、その願いが叶う日を、心のどこかで待ち遠しく感じていた。
私は、なんとかこの世界の暮らしに慣れ始めていた。
食事は驚くほどおいしいし、お風呂は広いし、侍女は優しい。
ただ一つ、困ったことがある。
「お嬢様。本日の入学式のお召し物はこちらでよろしいでしょうか?」
「う、うん。ありがとう」
そう。
今日は、王立魔法学園の入学式なのだ。
ゲームの物語が始まる日。
そして、王太子アレクシスがヒロインと運命的な出会いを果たす日でもある。
私は鏡の前で、淡いピンク色のドレスを見下ろした。
「……目立たない。私は目立たない」
何度も自分に言い聞かせる。
学園に入ったら、なるべく人の少ない場所で過ごそう。食堂では壁際の席を選んで、授業が終わったらすぐ寮に帰る。
それで完璧だ。
王子様がどんな恋愛をしようと、私には関係ない。
そうして私は、意気揚々と学園へ向かった。
――ところが。
「きゃっ……!」
学園の門をくぐった直後、目の前を走ってきた小さな男の子が、石畳につまずいた。
手に持っていた本が散らばり、男の子は今にも泣き出しそうな顔をしている。
周囲にはたくさんの生徒がいた。
けれど、誰もが入学式に気を取られていて、立ち止まろうとしない。
私は思わず駆け寄った。
「大丈夫? 怪我してない?」
「う、うん……」
「よかった。ほら、本を拾おう?」
散らばった本を一緒に集め、膝についた土を払ってあげる。
男の子は、ほっとしたように笑った。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。気をつけてね」
男の子が走っていくのを見届け、私は満足して立ち上がった。
よし。いいことをした。
さあ、今度こそ目立たないように――。
「お嬢さん」
「はい?」
振り返った瞬間、私は固まった。
そこに立っていたのは、金色の髪に、澄んだ青い瞳を持つ青年だった。
白を基調とした制服には、金色の刺繍が施されている。
背が高く、姿勢がよく、絵画から抜け出してきたような美しさ。
その顔には、柔らかな微笑みが浮かんでいた。
……嘘でしょ。
この顔を、私は知っている。
忘れるはずがない。
何十時間もゲームをプレイし、何度もスチルを見返した、最推しの王子様。
アレクシス・ルミナス。
ルミエール王国の第一王子にして、次期国王。
「先ほどの子を助けてくれたんだね。ありがとう」
「い、いえ! そんな、大したことでは……!」
私は慌てて頭を下げた。
お願いだから、これ以上話しかけないで。
あなたはゲームのヒロインと恋に落ちる人なんです。
私は背景の一部なんです。
どうか、そのままお通りください!
心の中で必死に祈っていると、王子は少し不思議そうに首をかしげた。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「えっ」
なぜ!?
どうして名前!?
「あ、あの、私は……リリアーナ・フローリアと申します」
「リリアーナ嬢、か」
王子は、私の名前を確かめるように繰り返した。
そして、優しく微笑んだ。
「素敵な名前だね」
――心臓が止まるかと思った。
いや、待って。
王子様という生き物は、こういうことを自然に言うのだ。
きっとそう。
私だけに言っているわけではない。
「ありがとうございます……」
「こちらこそ。君に会えてよかった」
にこり。
王子の笑顔は、反則だった。
私は顔が熱くなるのを感じながら、なんとか一礼した。
「そ、それでは、失礼いたします!」
逃げるようにその場を離れる。
背中に視線を感じたけれど、振り返らなかった。
そのせいで、私は気づかなかった。
アレクシスが、私の姿が見えなくなるまで、ずっとこちらを見つめていたことに。
「……リリアーナ」
彼は小さく名前をつぶやいた。
初めて会ったはずなのに。
なぜだろう。
もう一度、話がしたいと思った。
もう一度、あの笑顔を見たいと思った。
そして、その願いが叶う日を、心のどこかで待ち遠しく感じていた。