冷徹社長はトラウマ秘書を愛で包む
タブレットを持つ手に力がこもる。
原田慶は楠紀沙の幼馴染で、元恋人だった。
「ふうん」
御堂はわかったのかわからなかったのか微妙な顔つきで返事をする。口にしてから、この人の語彙に推しってあるのかな、と紀沙は訝しんだ。なさそうだ。エンタメ業界ならともかく、お堅い鉄鋼メーカーの社長だし。脳内には決算の数値と経済用語しかなく、それだけで人生充分そうだ。
これだけの美貌と権力を持ちながら、御堂には全く浮いた話がなかった。とはいえ美形には美形の苦労があると、紀沙はうっすら知っているから、下世話に詮索するつもりもない。彼にとって居心地のよい世界を波風なく保つのが、そばに控える秘書の仕事だ。
御堂は思案げに睫毛を伏せた後、ゆっくりと話を続けた。
「そうか。それなら、楠」
「はい」
目線が持ち上がり、美しい黒瞳が紀沙に向かって捧げられる。一音一音丁寧に紡がれる発声に、いつも即断即決のこの人が、どうやら言葉を吟味しているらしいと紀沙は気づいた。
「俺と結婚しないか」
思慮深げな間の後に、ぶつけられたのは直球の求婚。部屋の空気が凍りつく中、コーヒーメーカーがとぽとぽと呑気な抽出音を立てる。
一拍おいた後、紀沙は声の限りに叫んだ。
「しませんけれど!?」
扉が分厚くてよかった、と紀沙は心底安堵した。でなければこの絶叫が秘書エリアにまで届いていたに違いない。
原田慶は楠紀沙の幼馴染で、元恋人だった。
「ふうん」
御堂はわかったのかわからなかったのか微妙な顔つきで返事をする。口にしてから、この人の語彙に推しってあるのかな、と紀沙は訝しんだ。なさそうだ。エンタメ業界ならともかく、お堅い鉄鋼メーカーの社長だし。脳内には決算の数値と経済用語しかなく、それだけで人生充分そうだ。
これだけの美貌と権力を持ちながら、御堂には全く浮いた話がなかった。とはいえ美形には美形の苦労があると、紀沙はうっすら知っているから、下世話に詮索するつもりもない。彼にとって居心地のよい世界を波風なく保つのが、そばに控える秘書の仕事だ。
御堂は思案げに睫毛を伏せた後、ゆっくりと話を続けた。
「そうか。それなら、楠」
「はい」
目線が持ち上がり、美しい黒瞳が紀沙に向かって捧げられる。一音一音丁寧に紡がれる発声に、いつも即断即決のこの人が、どうやら言葉を吟味しているらしいと紀沙は気づいた。
「俺と結婚しないか」
思慮深げな間の後に、ぶつけられたのは直球の求婚。部屋の空気が凍りつく中、コーヒーメーカーがとぽとぽと呑気な抽出音を立てる。
一拍おいた後、紀沙は声の限りに叫んだ。
「しませんけれど!?」
扉が分厚くてよかった、と紀沙は心底安堵した。でなければこの絶叫が秘書エリアにまで届いていたに違いない。