冷徹社長はトラウマ秘書を愛で包む
 *

「どっちが遊びだったかなんて、鏡見ればわかるだろ」

 もうすぐ桜の咲く三月末。

 何度も通った喫茶店の個室で、紀沙は当時恋人だった原田慶と向き合っていた。

 オーバーサイズのブルゾンに身を包んだ、同い年の男の子。普段は道行く人々の目を惹く華やかな顔立ちを、今は忌々しげに歪めている。運ばれてきた熱々のコーヒーには手をつけず、長い足を横柄に組んでいた。

 その隣に座るのは、大きめのサングラスで顔を隠していてもわかる、とびきり可愛い女の子だ。紀沙は彼女の名前を把握していたし、以前慶が出演した深夜ドラマで共演していたアイドルという素性も知っていた。テレビ越しに見る女の子は他のアイドルに取り紛れて特に印象に残らなかったけれど、対面した彼女は内側から発光しているのではないかと錯覚するくらい可憐だった。

 ドラマ自体は視聴率がふるわなくて打ち切りだったが、この二人の付き合いは絶賛継続中らしい。慶は紀沙と付き合っているにもかかわらず。

 二人の正面に一人ぼっちで座る紀沙は、身にまとった安物のトレンチコートの膝をぎゅっと握った。

「慶は、私よりもその子を選んだってこと……?」

 慶との出会いは、小学一年生まで遡る。同じマンションに住んでおり、母親同士の仲がよかった。けれど慶の両親は離婚し、慶は多忙なビジネスマンである父親のもとで育てられることになる。専業主婦だった紀沙の母は慶を心配し、家に招いて何くれとなく世話を焼いた。紀沙だって慶が心配だった。離婚で荒れる慶に辛抱強く付き合い、中学生で交際を始めた。告白してきたのは慶だった。

 これだけなら、よくある美談として終わるはずだった。

 慶は顔がよかった。高校生で雑誌モデルとしてスカウトされ、事務所に所属した。でも紀沙にとってはいつまで経っても幼馴染の慶だ。駆け出しのモデルにマネージャーなんてつかないので、紀沙が慶の活動を支えた。スケジュール管理をし、栄養バランスを考えた弁当を作り、細々と雑用をこなした。十八歳で免許を取得してからは送迎もこなした。慶は喜んでくれた。「紀沙、愛してるよ」と言われるだけで舞い上がった。何でも差しだした。時間も能力も、全て。

 その結果が、これだ。

「結局さ、紀沙ってマネージャーなんだよね。長い付き合いだから感謝はしてるけど、それだけ」

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