強引社長の甘い寵愛
三章 あなたの愛は致死量
掃除、洗濯、洗い物とほとんどの家事を午前中に終えてしまった。お昼ご飯を食べながら、蓮さんは何をしてるんだろう。ちゃんとご飯食べたかな、と蓮さんのことを思い出していた。蓮さんと暮らし始めてから、何をしていても彼のことが気になって仕方がない。
監禁などをされると被害者が恐怖から無意識に加害者に対して好意などを抱いてしまうことがある、と聞いたことがあるけれど、私はそれなのだろうか。でも蓮さんはすごく優しいし、嫌なことはして来ない。今のところ嫌いになる理由の方がなくて、こんな感情になってしまうのは致し方ないことなのかもしれない。自分にそう言い聞かせて、私は蓮さんの書斎から拝借した小説を読み始めた。蓮さんの所有している本はどれも難しそうなものばかりで、その中で唯一、私でも読めそうなラブサスペンスモノ。蓮さんも恋愛小説とか読むんだなぁ、本筋はサスペンスだけど。と思いながら読み進めていった。
小説を読み終わる頃にはもうすっかり日が傾いていて、私は急いで夕飯の準備をした。
「あ、いけない……今日蓮さんいないんだった」
つい、いつもの癖で作ってしまった二人分の食事に私は頭を抱えた。まあ、蓮さんが夜食にするかもしれないし、そうじゃなかったら私が明日の朝か昼に食べれば良いだろうと思って、ラップをかけて冷蔵庫にしまった。
夕飯を食べて、時刻は十九時近く。ここのところずっと家にこもりきりで久しぶりに外の空気が吸いたくなって、私は散歩に行くことにした。
「スマホ……は持ってても意味ないし、置いていこう」
遅くても三十分で戻るつもりだし、と思いながら、私は薄手のカーディガンを羽織って初日に蓮さんから渡されていたこの家の鍵を持って近所の公園へ行った。
この時間になると歩いている人は仕事を終えて帰宅するところなのか、スーツを着ている人しか見かけない。月を見上げながらボーッとブランコを漕いでいると、ふっと私の目の前に影が落ちて目を瞬かせた。
「蓮さん……?」
スーツ姿で肩で息をする蓮さんが私と目が合うと、その長い腕を伸ばして私を強く抱き締めた。
「れ、蓮さ……」
「何故外に出た。何故スマートフォンを持って行かなかった」
「え、と……散歩したくなって……近所だから良いかなって……」
質問に答えているだけなのに、何だか言い訳をしているような気持ちになってきて私の声はだんだん尻すぼみになっていった。私を抱き締める腕の力が強くなって、私は苦しいのを訴えるために蓮さんの背中を叩いた。すると少しだけ力を緩められる。
「……探して、くれたんですか?」
「当然だ」
息を切らしていたところからも走って来てくれたのだろう、蓮さんの身体はいつもよりほんの少し体温が高かった。
「気は済んだか? 帰るぞ」
「あっ……」
蓮さんは私を解放すると、逃げないようにかしっかりと手を繋いで、そのまま私の手を引いて自宅へと足を向けた。帰りの道、蓮さんは何も言わなくて、私も気まずさから何も言えずに家に着いた。靴を脱いで玄関の廊下に上がると、蓮さんが何故か急に私のことを抱き上げた。
「きゃ……!」
蓮さんはやっぱり何も言わず、寝室の扉を押し開けて入るとベッドに私の身体を放り投げた。痛くはないけれど勢い良くマットレスに身体が沈み込んで、一瞬息が詰まった。
「どうやらお前を甘やかしすぎたらしい」
やっと口を開いた蓮さんはそんなことを言った。意味が分からなくて首を傾げていると、蓮さんが私に覆いかぶさってくる。
「れ、蓮さん……?」
名前を呼ぼうとすると、その口ごと蓮さんの唇で塞がれた。
「ん……っ!」
突然のことに驚いて目を見開いた。いつもとは違う性急なキスに戸惑って、私は蓮さんの胸を押し返そうとした。
けれど、蓮さんはすぐには離れてくれなかった。
ようやく唇が離れたとき、私は驚きと戸惑いで蓮さんの顔を見つめることしかできなかった。
「れ、蓮さん、私……」
「言い訳を口にするつもりか?」
冷たい声でそう言われて、私は口をつぐんだ。
何か言わなければと思うのに、うまく言葉が出てこない。いつも優しい蓮さんが、今はまるで別人のようだった。
「……どうして、そんなに怒ってるんですか?」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。
蓮さんは答えず、ただ私を見下ろしていた。
「いっそ、」
蓮さんの手がするりと私の首筋を撫でる。そのまま私の首を包み込むように手を添えられて、私は思わず息を呑んだ。
「首輪をつけて、鎖に繋いで、閉じ込めるか?」
蓮さんの言葉に心臓がドクン、と大きく嫌な音を立てた。
私を見下ろす蓮さんの瞳には光が宿っていなくて、私の軽率な行動がここまで蓮さんを追い詰めてしまったんだと思うと胸が痛む。
「ごめんなさい……もう、勝手にどこにも行かないから……」
私が震える声でそう答えると、蓮さんはようやく私の首筋から手を離した。
けれど、すぐに私から離れてくれるわけではなかった。
「……本当に分かっているのか?」
「はい……」
「お前がいなくなったら、俺がどれだけ心配するか」
低い声でそう言われて、私は言葉に詰まった。
蓮さんはいつだって落ち着いていて、何事にも動じない人だと思っていた。けれど、今の彼は違う。私を見下ろす瞳には、いつもの余裕が少しもなかった。
「俺との生活が嫌になったのかと思った」
「そんなこと、ないです……!」
慌てて首を横に振ると、蓮さんはわずかに目を細めた。
「なら、どうして一言もなく出て行った?」
「……ごめんなさい」
確かに、私が悪かった。ほんの少し散歩に出るだけだからと、蓮さんに連絡することすら考えなかった。スマートフォンだって持っていけばよかったのだ。
けれど、こんなにも心配をかけてしまうなんて思わなかった。
「もうしません……。ちゃんと連絡します」
「……約束だぞ」
「はい」
蓮さんはしばらく私を見つめていた。やがて、私の頬に手を添える。
「……怖がらせるつもりはなかった」
その声は、先ほどまでの冷たさが嘘のように静かだった。
「蓮さん……?」
「俺がどれだけ心配したか、お前には分からないだろう」
そう言って、蓮さんは私の額に自分の額をこつんと寄せた。
近すぎる距離に、私はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
「……もう、勝手にいなくならないでくれ」
その声があまりにも切実で、私は胸がぎゅっと締め付けられた。
「……はい」
小さく頷くと、蓮さんはようやく私から身体を離した。
それでも、すぐに立ち上がることはせず、私の顔をじっと見つめている。
「本当に分かったのか?」
「分かりました。ちゃんと連絡しますから……」
「ならいい」
そう言って、蓮さんは私の前髪をそっとかき上げ、額に唇を落とした。
さっきの強引なキスとは違う、優しいキスだった。
その温度にほっとしたのも束の間、蓮さんが私の身体を抱き寄せる。
「……蓮さん?」
「少し、このままでいさせてくれ」
耳元で囁かれて、私は目を瞬かせた。
いつも私を抱きしめてくれる彼の腕が、今は少しだけ震えているような気がした。
「……もう酷いことしませんか?」
恐る恐る尋ねると、蓮さんは私の顔を覗き込んだ。
「しない。神に誓おう」
真顔でそんなことを言うものだからおかしくなって思わず吹き出して笑うと、蓮さんは困ったように眉根を寄せた。
「蓮さんって、やっぱり良い人」
「……お前を閉じ込めて縛り付けている男が、か?」
「それでも、です」
閉じ込められていることにまだ納得はし切れていないけれど、私が嫌だと言ったことはやめてくれるし、生活は快適にしてくれるし、私のことを考えてくれていることは十分伝わってくる。
蓮さんは私の頬の涙の跡を骨ばった指先で優しく拭うと、私の腕を引いて起こしてくれた。そしてそのまま彼の腕の中にすっぽりと収まって、低い体温に落ち着く。
「今後は短時間だろうと近所だろうと出掛ける時は俺に一報を入れて、スマートフォンを持っていけ。必ずだ」
「外に出るなじゃないんだ……?」
「俺はそれでも構わないが、本当に文字通り閉じ込められたいのか?」
「い、いえ……」
そんな会話をして、その夜は別々にお風呂に入って、いつものように蓮さんに抱きしめられたまま眠った。一緒にお風呂に入らなかったのは、多少なりとも私に怖い思いをさせたという引け目があったからだろうか。
監禁などをされると被害者が恐怖から無意識に加害者に対して好意などを抱いてしまうことがある、と聞いたことがあるけれど、私はそれなのだろうか。でも蓮さんはすごく優しいし、嫌なことはして来ない。今のところ嫌いになる理由の方がなくて、こんな感情になってしまうのは致し方ないことなのかもしれない。自分にそう言い聞かせて、私は蓮さんの書斎から拝借した小説を読み始めた。蓮さんの所有している本はどれも難しそうなものばかりで、その中で唯一、私でも読めそうなラブサスペンスモノ。蓮さんも恋愛小説とか読むんだなぁ、本筋はサスペンスだけど。と思いながら読み進めていった。
小説を読み終わる頃にはもうすっかり日が傾いていて、私は急いで夕飯の準備をした。
「あ、いけない……今日蓮さんいないんだった」
つい、いつもの癖で作ってしまった二人分の食事に私は頭を抱えた。まあ、蓮さんが夜食にするかもしれないし、そうじゃなかったら私が明日の朝か昼に食べれば良いだろうと思って、ラップをかけて冷蔵庫にしまった。
夕飯を食べて、時刻は十九時近く。ここのところずっと家にこもりきりで久しぶりに外の空気が吸いたくなって、私は散歩に行くことにした。
「スマホ……は持ってても意味ないし、置いていこう」
遅くても三十分で戻るつもりだし、と思いながら、私は薄手のカーディガンを羽織って初日に蓮さんから渡されていたこの家の鍵を持って近所の公園へ行った。
この時間になると歩いている人は仕事を終えて帰宅するところなのか、スーツを着ている人しか見かけない。月を見上げながらボーッとブランコを漕いでいると、ふっと私の目の前に影が落ちて目を瞬かせた。
「蓮さん……?」
スーツ姿で肩で息をする蓮さんが私と目が合うと、その長い腕を伸ばして私を強く抱き締めた。
「れ、蓮さ……」
「何故外に出た。何故スマートフォンを持って行かなかった」
「え、と……散歩したくなって……近所だから良いかなって……」
質問に答えているだけなのに、何だか言い訳をしているような気持ちになってきて私の声はだんだん尻すぼみになっていった。私を抱き締める腕の力が強くなって、私は苦しいのを訴えるために蓮さんの背中を叩いた。すると少しだけ力を緩められる。
「……探して、くれたんですか?」
「当然だ」
息を切らしていたところからも走って来てくれたのだろう、蓮さんの身体はいつもよりほんの少し体温が高かった。
「気は済んだか? 帰るぞ」
「あっ……」
蓮さんは私を解放すると、逃げないようにかしっかりと手を繋いで、そのまま私の手を引いて自宅へと足を向けた。帰りの道、蓮さんは何も言わなくて、私も気まずさから何も言えずに家に着いた。靴を脱いで玄関の廊下に上がると、蓮さんが何故か急に私のことを抱き上げた。
「きゃ……!」
蓮さんはやっぱり何も言わず、寝室の扉を押し開けて入るとベッドに私の身体を放り投げた。痛くはないけれど勢い良くマットレスに身体が沈み込んで、一瞬息が詰まった。
「どうやらお前を甘やかしすぎたらしい」
やっと口を開いた蓮さんはそんなことを言った。意味が分からなくて首を傾げていると、蓮さんが私に覆いかぶさってくる。
「れ、蓮さん……?」
名前を呼ぼうとすると、その口ごと蓮さんの唇で塞がれた。
「ん……っ!」
突然のことに驚いて目を見開いた。いつもとは違う性急なキスに戸惑って、私は蓮さんの胸を押し返そうとした。
けれど、蓮さんはすぐには離れてくれなかった。
ようやく唇が離れたとき、私は驚きと戸惑いで蓮さんの顔を見つめることしかできなかった。
「れ、蓮さん、私……」
「言い訳を口にするつもりか?」
冷たい声でそう言われて、私は口をつぐんだ。
何か言わなければと思うのに、うまく言葉が出てこない。いつも優しい蓮さんが、今はまるで別人のようだった。
「……どうして、そんなに怒ってるんですか?」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。
蓮さんは答えず、ただ私を見下ろしていた。
「いっそ、」
蓮さんの手がするりと私の首筋を撫でる。そのまま私の首を包み込むように手を添えられて、私は思わず息を呑んだ。
「首輪をつけて、鎖に繋いで、閉じ込めるか?」
蓮さんの言葉に心臓がドクン、と大きく嫌な音を立てた。
私を見下ろす蓮さんの瞳には光が宿っていなくて、私の軽率な行動がここまで蓮さんを追い詰めてしまったんだと思うと胸が痛む。
「ごめんなさい……もう、勝手にどこにも行かないから……」
私が震える声でそう答えると、蓮さんはようやく私の首筋から手を離した。
けれど、すぐに私から離れてくれるわけではなかった。
「……本当に分かっているのか?」
「はい……」
「お前がいなくなったら、俺がどれだけ心配するか」
低い声でそう言われて、私は言葉に詰まった。
蓮さんはいつだって落ち着いていて、何事にも動じない人だと思っていた。けれど、今の彼は違う。私を見下ろす瞳には、いつもの余裕が少しもなかった。
「俺との生活が嫌になったのかと思った」
「そんなこと、ないです……!」
慌てて首を横に振ると、蓮さんはわずかに目を細めた。
「なら、どうして一言もなく出て行った?」
「……ごめんなさい」
確かに、私が悪かった。ほんの少し散歩に出るだけだからと、蓮さんに連絡することすら考えなかった。スマートフォンだって持っていけばよかったのだ。
けれど、こんなにも心配をかけてしまうなんて思わなかった。
「もうしません……。ちゃんと連絡します」
「……約束だぞ」
「はい」
蓮さんはしばらく私を見つめていた。やがて、私の頬に手を添える。
「……怖がらせるつもりはなかった」
その声は、先ほどまでの冷たさが嘘のように静かだった。
「蓮さん……?」
「俺がどれだけ心配したか、お前には分からないだろう」
そう言って、蓮さんは私の額に自分の額をこつんと寄せた。
近すぎる距離に、私はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
「……もう、勝手にいなくならないでくれ」
その声があまりにも切実で、私は胸がぎゅっと締め付けられた。
「……はい」
小さく頷くと、蓮さんはようやく私から身体を離した。
それでも、すぐに立ち上がることはせず、私の顔をじっと見つめている。
「本当に分かったのか?」
「分かりました。ちゃんと連絡しますから……」
「ならいい」
そう言って、蓮さんは私の前髪をそっとかき上げ、額に唇を落とした。
さっきの強引なキスとは違う、優しいキスだった。
その温度にほっとしたのも束の間、蓮さんが私の身体を抱き寄せる。
「……蓮さん?」
「少し、このままでいさせてくれ」
耳元で囁かれて、私は目を瞬かせた。
いつも私を抱きしめてくれる彼の腕が、今は少しだけ震えているような気がした。
「……もう酷いことしませんか?」
恐る恐る尋ねると、蓮さんは私の顔を覗き込んだ。
「しない。神に誓おう」
真顔でそんなことを言うものだからおかしくなって思わず吹き出して笑うと、蓮さんは困ったように眉根を寄せた。
「蓮さんって、やっぱり良い人」
「……お前を閉じ込めて縛り付けている男が、か?」
「それでも、です」
閉じ込められていることにまだ納得はし切れていないけれど、私が嫌だと言ったことはやめてくれるし、生活は快適にしてくれるし、私のことを考えてくれていることは十分伝わってくる。
蓮さんは私の頬の涙の跡を骨ばった指先で優しく拭うと、私の腕を引いて起こしてくれた。そしてそのまま彼の腕の中にすっぽりと収まって、低い体温に落ち着く。
「今後は短時間だろうと近所だろうと出掛ける時は俺に一報を入れて、スマートフォンを持っていけ。必ずだ」
「外に出るなじゃないんだ……?」
「俺はそれでも構わないが、本当に文字通り閉じ込められたいのか?」
「い、いえ……」
そんな会話をして、その夜は別々にお風呂に入って、いつものように蓮さんに抱きしめられたまま眠った。一緒にお風呂に入らなかったのは、多少なりとも私に怖い思いをさせたという引け目があったからだろうか。


