幼すぎた君との別れから

13話

 地下墓地への埋葬が終わり、教会の外に出た。
 シーリアは親族達に紛れて立っている。フローレンスと肩を寄せ、葬儀だというのに表情を輝かせて。

 私の帰りを喜んで。


 ナサニエルは、あえて彼女から少し離れて立ち止まった。

 想いをぶつけて葬儀中にシーリアを抱きしめてしまったら、彼女にとってひどい醜聞だ。

 これから、時間はいくらでもある。

「大尉、だから言ったではありませんか。早く帰ればいいと。あのお嬢さんはあなたの腕をまるで嫌っていない」

 従者のアリがそばにやってきた。
 白いターバンを巻いて、白い民族服の上にショールを羽織ったアリは、田舎者達の視線を一斉にさらっている。

「うるさいぞ、アリ。やはりインドに置いてくればよかった」

 アリが含み笑いをした。

 こいつにもイングランド式の上下関係を、そろそろ教えてやらねば。


 シーリアに男が近づいた。
 あれは……フィリップ・ヘイズか?

 彼女の顔色が、急に青ざめた。

 ナサニエルはシーリアに歩み寄った。
 フィリップは何故か勝ち誇った顔で、こちらを見てくる。

 彼女の肩にフィリップが手を回した。

「フィリップ・ヘイズ……」

「これはこれは、元大尉。先ほどは随分派手な登場でしたね」

「その手をどけろヘイズ。年を取るだけで、マナーは身につけなかったのか」

 フィリップが口元をひくつかせた後、笑った。

「シーリアは僕の婚約者だ。あなたの指示は受けない」

 頭を撃ち抜かれたような衝撃。ナサニエルは気が遠くなった。

 フィリップがシーリアの手袋を強引に外した。

 小さくシーリアが叫ぶ。

 彼女の薬指には、色とりどりの宝石が横一列に並ぶ婚約指輪がはめられていた。



 シーリアはその場から走り逃げ、馬車が来るまで墓地に隠れた。

 一度は覚悟を決めた。
 できていたつもりだった。

 伯爵が亡くなっても、ナサニエルが帰ってきても、婚約は消えない。
 
 ケープを胸にかき寄せる。
 寒くてたまらない。
 
 首をすくめて少しずつ教会を振り返った。
 ナサニエルは追いかけてはこなかった。



 フォーチェスター・ホールのドローイング・ルーム。

 ナサニエルが部屋に入ってくると、親族、近隣の貴族達は皆立ち上がり、新たな伯爵に礼を示した。

 シーリアはカーテンのそばでタッセルを握りしめながらその様子を見つめた。

 ぎこちなく静まりかえった部屋。
 誰もが戦場で腕を無くした──そして勘当されていた新たな伯爵に、強い関心を持っている。

「皆様。会食の準備が整いました」

 執事のクロッカーが呼びにやってきた。



 ダイニング・ルームの暖炉を背にして、一番奥の席にナサニエルが座った。

 それぞれが静かに会話をしながら、ポートワインを飲み、食事をしている。

 五杯目。
 空になったナサニエルのグラスに、また従僕がワインを注いだ。

 据わった目が時折彼女を見つめては、視線が離れる。
 胸がうずいた。
 
 彼はどう思っただろう……

「シーリア」

 隣のフィリップの声に、シーリアははっとした。

「指輪をしていないじゃないか」

 テーブルの下の手首を、フィリップがきつく掴んだ。

「も、喪中だから……」

「貸してくれ」

 フィリップが手を差し出した。
 シーリアがドレスの後ろの隠しポケットから指輪を取り出すと、フィリップはそれをむしり取り、彼女の指につけなおした。

 冷たい指輪が肌から体温を奪う。

「来月は、やっと僕らの結婚式だ。こう言っては失礼だけど、もう延期の理由もない。父の機嫌もようやく戻るだろう」

 シーリアは部屋の壁がせまってくるように感じた。

 声の大きなおじのリチャードが、咳払いをした。

「前伯爵も素晴らしい方だったが、これからはアフガン戦争の英雄が我らの長だ。こんなにも頼もしいことはない」

 湧いた賛同の声と拍手。

「その腕は大敗したマイワンドで無くしたんでしょう?」

 フィリップの声に、ダイニング・ルームの空気が一気に張り詰めた。

 ナサニエルは一切の動きを止めている。

「フィリップ……」

 父・ヘイズ卿の抑えた声に、フィリップがゴクリと喉を鳴らした。



 図書室で行われた遺言の開示。
 弁護士が、爵位と領地をナサニエルが引き継いだことを宣言した。

 ナサニエルは伯爵の定位置だった肘掛けに座り、誰もいない真正面を見ている。

 弁護士が遺言状を読み上げ始めた。

「わが娘、アンブローズ子爵夫人フローレンスには、妻の遺したエメラルドのパリュールを与える」

 フローレンスが目を輝かせながら、頷いた。

「次に──」

「待って、それだけ?」

「フロー、君はもう持参金をもらっているだろう?」

 アンブローズ卿がフローの腕に手を置き、彼女を諭した。

「次に進んでかまいませんか?」

 フローレンスが鼻から息を吐いて、また頷いた。

「次に、第八代フォーチェスター伯爵の娘、レディ・シーリアには真珠の鍵、執事のクロッカーには私の懐中時計、それ以外のものは、全て息子、第十代フォーチェスター伯爵ナサニエルに与えるものとする」

「真珠の鍵?」
 フローレンスが眉をひそめた。

「こちらです」

 弁護士がシーリアに小さなエボニーの小箱を差し出した。

 透かし模様の持ち手部分に小粒の真珠が数個はめ込まれた、綺麗な鍵が入っていた。

「何よこれ。ただの鍵?こんなのどうしろと言うのよ。もっと説明はないの?」
 フローレンスがまくしたてる。

「はい、遺言は以上です」

「何の鍵か、あなた分からないの?」

「はあ……」
 フローレンスの言葉に、弁護士はたじろぎながら答えた。

「クロッカー、調べておいて」

「かしこまりました、レディ・アンブローズ」
 部屋のすみに控えていたクロッカーが、フローレンスに会釈した。

 シーリアは小箱を両手で持ち上げて、中の鍵をじっと見つめた。

 何かを遺されるなんて、欠片も思っていなかった。

 ナサニエルを盗み見た。

 相変わらず、興味がなさそうにしている。
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