幼すぎた君との別れから
21話
強い風にナサニエルはシルクハットを左手でおさえた。
落ち葉のかさかさとした音。高く昇った白い満月が雲に隠れた。
玄関ベルをアリが鳴らす。しばらくすると、手燭を持ったクロッカーがドアを開けた。
玄関ホールに入り、外套をアリに預ける。
フォーチェスター・ホールの香りに体が緩んだ。
「帰った。馬車の手配、助かった。急に悪かったな」
「滅相もございません。お帰りなさいませ旦那様。ご夕食はお済みですか?」
「ああ、列車の中で済ませた。変わりないか」
「何一つ、つつがなく進んでおります。弔問のお客様が数名いらっしゃいましたが、レディ・シーリアに対応していただきました」
「シーリアが?」
二階の回廊を見上げた。個室に続く通路の入り口にランプが灯っている。
客の対応を彼女が……
すっかり大人になったものだ。
今のシーリアなら──フォーチェスター・ホールの女主人として采配を振るうこともできるだろう。
「ご指示どおり、レディ・シーリアに旦那様の行き先は伏せております」
ナサニエルはシルクハットをアリに渡し、髪に指を丁寧に通した。
「尋ねられたか?」
「何度もお尋ねになりました」
ナサニエルは目を伏せながらうなずいた。
クロッカーがもう一つ用意した手燭をナサニエルに手渡した。
「彼女は?」
「お部屋でお休みと聞いております、旦那様」
ふいに腹にぐっと力がこもった。
シーリアは私のことなど気にもせず、毎日すやすやと眠っていたのだろうか。
「下がっていいぞクロッカー、もう休め」
クロッカーにそう言うと、ナサニエルは大階段を上った。駆け足で。
寝顔を見るぐらい、いいだろう。
後ろにアリがついてくる。
「アリ、お前もだ」
アリが眉を顰めて、咎めるような目つきになった。
「大尉。正しい手順を踏んでからにするべきです」
「浅ましい想像をするな」
ナサニエルはアリを睨みつけた。
自分の部屋の二つ手前にある、シーリアの部屋。
静かに中に入ると、すぐに背中でドアを閉めた。
フリンジのついたベッドのカーテンの向こうから、小さな寝息が聞こえる。
じっと耳を澄ませたあと、ナサニエルは手燭で照らしながらシーリアの部屋を入念に見て回った。
縁に繊細な彫刻の施された、艶のあるマホガニーの書き物机、鏡台。トップが大理石でできた丸いテーブルの周りには、滑らかな赤いビロードの張られた椅子が三つ。南側一面にある窓には、ジャガードのカーテンがたっぷりと使われている。
フローレンスの使っていた部屋と比べても見劣りはしなかった。
父は物質面に限っては、シーリアに不自由をさせてはいなかったようだ。
五年前の約束を父は守っていた。
少しだけ、心が軽くなった。
ナサニエルはベッドの近くのサイドテーブルに手燭を置いた。
僅かに震える左手でカーテンを握りしめる。
シーリアとキスをしたのは自分だけ。彼女は決してフィリップ・ヘイズのものではない。
天蓋のカーテンを一気に開けた。
蝋燭の灯りに照らされた仰向けに眠るシーリア。
規則的な呼吸。毛布の下の胸が上下している。
柔らかい寝顔を見ているだけで、体がふわふわと宙に浮かんでいるような気がした。
シーリアが寝返りを打ち、反対側に横向きになった。毛布の端から白いつま先が見えた。
ナサニエルは吸い寄せられるように彼女の足元に腰掛けた。
腹が立つほどシーリアは無防備だった。
手に入れようと思えば、簡単にそうできるではないか。
魅惑的なつま先に、ナサニエルは人差し指でそっと触れた。
彼女の足がぴくぴくと愛らしく動いた。
固く目を閉じる。肌がぴんと張り詰めてきた。
シーリアに忠誠を誓って過ごした長い禁欲生活。
彼女に今、責任を取らせようか──
毛布をめくり、ナイトドレスの裾を少しずつたくし上げた。
交差した、すらりと形のよいふくらはぎがあらわになった。
荒れ狂う脈動が、耳の中に轟いている。
ふくらはぎに手のひらを押し付けながら這わせると、シーリアが呻き声をもらした。
「ネイト……」
ナサニエルははっと顔を上げた。
ふくらはぎを上下に撫でると、シーリアは目を閉じたまま、のけぞり身をよじった。
彼女から乱暴に毛布をはぎ取った。
シーリアはナイトドレスの上に、軍服の上着を着ていた。
戦地で着潰したカーキ色の服。
ナサニエルはぎこちなく立ち上がり、硬直した。
シーリアは眠ったまま、服の前立てをかき寄せて猫のように丸くなった。
ベッドの隅にも、見覚えのある軍服が何着もある。
ナサニエルの口から、声にならない情けない音が漏れた。
胸に同時に押し寄せる苦しみと、高揚感。
顔を左手で何度も拭った。
ナサニエルは口をおさえながらしばらくその光景を目に焼き付けた。
窓ガラスが風に音を立てる。
シーリアが震えた。
あわてて彼女に毛布を被せた。
落ち葉のかさかさとした音。高く昇った白い満月が雲に隠れた。
玄関ベルをアリが鳴らす。しばらくすると、手燭を持ったクロッカーがドアを開けた。
玄関ホールに入り、外套をアリに預ける。
フォーチェスター・ホールの香りに体が緩んだ。
「帰った。馬車の手配、助かった。急に悪かったな」
「滅相もございません。お帰りなさいませ旦那様。ご夕食はお済みですか?」
「ああ、列車の中で済ませた。変わりないか」
「何一つ、つつがなく進んでおります。弔問のお客様が数名いらっしゃいましたが、レディ・シーリアに対応していただきました」
「シーリアが?」
二階の回廊を見上げた。個室に続く通路の入り口にランプが灯っている。
客の対応を彼女が……
すっかり大人になったものだ。
今のシーリアなら──フォーチェスター・ホールの女主人として采配を振るうこともできるだろう。
「ご指示どおり、レディ・シーリアに旦那様の行き先は伏せております」
ナサニエルはシルクハットをアリに渡し、髪に指を丁寧に通した。
「尋ねられたか?」
「何度もお尋ねになりました」
ナサニエルは目を伏せながらうなずいた。
クロッカーがもう一つ用意した手燭をナサニエルに手渡した。
「彼女は?」
「お部屋でお休みと聞いております、旦那様」
ふいに腹にぐっと力がこもった。
シーリアは私のことなど気にもせず、毎日すやすやと眠っていたのだろうか。
「下がっていいぞクロッカー、もう休め」
クロッカーにそう言うと、ナサニエルは大階段を上った。駆け足で。
寝顔を見るぐらい、いいだろう。
後ろにアリがついてくる。
「アリ、お前もだ」
アリが眉を顰めて、咎めるような目つきになった。
「大尉。正しい手順を踏んでからにするべきです」
「浅ましい想像をするな」
ナサニエルはアリを睨みつけた。
自分の部屋の二つ手前にある、シーリアの部屋。
静かに中に入ると、すぐに背中でドアを閉めた。
フリンジのついたベッドのカーテンの向こうから、小さな寝息が聞こえる。
じっと耳を澄ませたあと、ナサニエルは手燭で照らしながらシーリアの部屋を入念に見て回った。
縁に繊細な彫刻の施された、艶のあるマホガニーの書き物机、鏡台。トップが大理石でできた丸いテーブルの周りには、滑らかな赤いビロードの張られた椅子が三つ。南側一面にある窓には、ジャガードのカーテンがたっぷりと使われている。
フローレンスの使っていた部屋と比べても見劣りはしなかった。
父は物質面に限っては、シーリアに不自由をさせてはいなかったようだ。
五年前の約束を父は守っていた。
少しだけ、心が軽くなった。
ナサニエルはベッドの近くのサイドテーブルに手燭を置いた。
僅かに震える左手でカーテンを握りしめる。
シーリアとキスをしたのは自分だけ。彼女は決してフィリップ・ヘイズのものではない。
天蓋のカーテンを一気に開けた。
蝋燭の灯りに照らされた仰向けに眠るシーリア。
規則的な呼吸。毛布の下の胸が上下している。
柔らかい寝顔を見ているだけで、体がふわふわと宙に浮かんでいるような気がした。
シーリアが寝返りを打ち、反対側に横向きになった。毛布の端から白いつま先が見えた。
ナサニエルは吸い寄せられるように彼女の足元に腰掛けた。
腹が立つほどシーリアは無防備だった。
手に入れようと思えば、簡単にそうできるではないか。
魅惑的なつま先に、ナサニエルは人差し指でそっと触れた。
彼女の足がぴくぴくと愛らしく動いた。
固く目を閉じる。肌がぴんと張り詰めてきた。
シーリアに忠誠を誓って過ごした長い禁欲生活。
彼女に今、責任を取らせようか──
毛布をめくり、ナイトドレスの裾を少しずつたくし上げた。
交差した、すらりと形のよいふくらはぎがあらわになった。
荒れ狂う脈動が、耳の中に轟いている。
ふくらはぎに手のひらを押し付けながら這わせると、シーリアが呻き声をもらした。
「ネイト……」
ナサニエルははっと顔を上げた。
ふくらはぎを上下に撫でると、シーリアは目を閉じたまま、のけぞり身をよじった。
彼女から乱暴に毛布をはぎ取った。
シーリアはナイトドレスの上に、軍服の上着を着ていた。
戦地で着潰したカーキ色の服。
ナサニエルはぎこちなく立ち上がり、硬直した。
シーリアは眠ったまま、服の前立てをかき寄せて猫のように丸くなった。
ベッドの隅にも、見覚えのある軍服が何着もある。
ナサニエルの口から、声にならない情けない音が漏れた。
胸に同時に押し寄せる苦しみと、高揚感。
顔を左手で何度も拭った。
ナサニエルは口をおさえながらしばらくその光景を目に焼き付けた。
窓ガラスが風に音を立てる。
シーリアが震えた。
あわてて彼女に毛布を被せた。