幼すぎた君との別れから
24話
フィリップが腕を振り下ろし、先に飛び出した。
ナサニエルはフィリップの背中を追いながら勝利を確信した。
姿勢が崩れている。
並んだのは中程。
目を見開いたフィリップが、突然短鞭をナサニエルの馬に叩きつけてきた。
ナサニエルはすかさず馬体をぶつけた。
叫ぶフィリップを追い抜き、東屋まで駆け抜ける。
古代ローマ建築風の円形の東屋。通り過ぎてしまった。
興奮した馬を歩かせつつ、ナサニエルは息を整えた。
「許せ……」
馬の首を撫でながら振り向く。フィリップがふり落とされる所だった。
フィリップの馬が逃げて行く。
軽く舌打ちをして、ナサニエルはフィリップのもとに向かった。
厩舎から馬丁が走ってきた。ナサニエルは芝生に降り、馬を馬丁に預けた。
「後でミスター・ヘイズの馬を探してきてくれ」
馬丁はうなずき、馬を連れて行った。
ナサニエルが、遠くからこちらに視線を向ける。シーリアが歩み寄ろうとすると、彼はかぶりを振った。
どうしてあんなに危険なまねを……!
シーリアは落ち着きなく体中を撫でながら、うろうろとその場を歩いた。
ぴたりと足が止まった。
私がフィリップに、キスを打ち明けたせい……?
ナサニエルは、地面に座り込んだフィリップに手を差し出した。
フィリップは頑なに手を取ろうとはしない。
「婚約解消の賠償金は、そちらが満足できる額を用意するつもりだ」
腕を下げ、淡々と伝えた。
フィリップ・ヘイズの顔がカッと赤くなった。
「誰が金なんか……さっきの勝負は無効だ!お前は不正をした!」
フィリップが片手に持つ短鞭を見ながら、ナサニエルは口を歪めた。
「随分、高潔じゃないか」
フィリップが悪態をつき、地面を拳で叩いた。食いしばった歯をむき出しにして睨みつけてくる。
ナサニエルはため息をついた。
無駄なことをした……
フィリップに背を向け、シーリアの方へ向かう。
シーリアは両手を胸の上で重ね、立ち尽くしている。ナサニエルは彼女と目を合わせて、深く頷いた。歩みが思わず速くなる。
シーリアが突然悲鳴をあげた。
背中の濡れた感覚に足を止める。手で触れると、血がついていた。
焼けるような痛み。ナサニエルはうめいた。
振り向いた一歩後ろにフィリップがいた。
手に持つ細いナイフは、短鞭の持ち手のようだった。
──仕込んであったのか。
妙に感心してしまった。こんなものがあるのか。
「ネイト!」
「来るな!」
ナサニエルは怒鳴った。
シーリアの足が止まる。
彼女の取り乱した叫びが、庭園に響いた。
厩舎の隣の犬舎から、犬が一斉に飛び出してきた。
ポインターの群れに襲われ、フィリップが叫んでいる。
足に噛みつく老犬──あれはドレイクか?
「ドレイク!戻れ!」
ナサニエルは太ももを一度叩いた。
すぐさまドレイク達が、彼のもとに駆けつけた。
袖と裾の破れたフィリップが、後ずさりをして走り去って行った。
フィリップの後ろ姿が見えなくなった。ナサニエルは途切れ途切れに息を吐き出した。
立ちくらみがする。
ドレイクが足元に身を寄せて見上げた。
ずいぶん年をとったな……
周りに他の犬も群がった。
「……良い子だドレイク……お前の子供達か?」
痛みに声を枯らしながら、ドレイクの顎の下を撫でる。
尻尾を下げたドレイクが、弱々しく鼻を鳴らした。
「ネイト……」
シーリアがいつの間にかそばまで来ていた。表情のない真っ青な顔をして。
「見せて……ああ、そんな……」
背中に彼女の震える手を感じた。
ナサニエルは、ぶるっと身震いをした。
「大したことはない。浅く切られただけだろう」
「スミス先生に見せないと……待って、歩かないで!誰かを──」
「馬鹿をいうな。一人で歩ける」
屋敷に向かうナサニエルの周りを、息を乱したシーリアとドレイク達がおろおろとしながら付いてきた。
興奮気味の犬の鳴き声が庭園に響いた。
たどり着く前に、玄関ドアから従僕が出てきた。
シーリアは従僕のもとに走った。
「スミス先生を呼んで!ネイトが怪我をしたの!クロッカーに伝えて!」
彼女の横をナサニエルは素通りして、階段をのぼっていく。
「お願い!」
従僕が頷き、走るのを見届けると、シーリアは女中頭の部屋に向かい、薬箱を借りた。
薬箱を抱え、息せき切ってナサニエルのあとを追った。
ナサニエルはフィリップの背中を追いながら勝利を確信した。
姿勢が崩れている。
並んだのは中程。
目を見開いたフィリップが、突然短鞭をナサニエルの馬に叩きつけてきた。
ナサニエルはすかさず馬体をぶつけた。
叫ぶフィリップを追い抜き、東屋まで駆け抜ける。
古代ローマ建築風の円形の東屋。通り過ぎてしまった。
興奮した馬を歩かせつつ、ナサニエルは息を整えた。
「許せ……」
馬の首を撫でながら振り向く。フィリップがふり落とされる所だった。
フィリップの馬が逃げて行く。
軽く舌打ちをして、ナサニエルはフィリップのもとに向かった。
厩舎から馬丁が走ってきた。ナサニエルは芝生に降り、馬を馬丁に預けた。
「後でミスター・ヘイズの馬を探してきてくれ」
馬丁はうなずき、馬を連れて行った。
ナサニエルが、遠くからこちらに視線を向ける。シーリアが歩み寄ろうとすると、彼はかぶりを振った。
どうしてあんなに危険なまねを……!
シーリアは落ち着きなく体中を撫でながら、うろうろとその場を歩いた。
ぴたりと足が止まった。
私がフィリップに、キスを打ち明けたせい……?
ナサニエルは、地面に座り込んだフィリップに手を差し出した。
フィリップは頑なに手を取ろうとはしない。
「婚約解消の賠償金は、そちらが満足できる額を用意するつもりだ」
腕を下げ、淡々と伝えた。
フィリップ・ヘイズの顔がカッと赤くなった。
「誰が金なんか……さっきの勝負は無効だ!お前は不正をした!」
フィリップが片手に持つ短鞭を見ながら、ナサニエルは口を歪めた。
「随分、高潔じゃないか」
フィリップが悪態をつき、地面を拳で叩いた。食いしばった歯をむき出しにして睨みつけてくる。
ナサニエルはため息をついた。
無駄なことをした……
フィリップに背を向け、シーリアの方へ向かう。
シーリアは両手を胸の上で重ね、立ち尽くしている。ナサニエルは彼女と目を合わせて、深く頷いた。歩みが思わず速くなる。
シーリアが突然悲鳴をあげた。
背中の濡れた感覚に足を止める。手で触れると、血がついていた。
焼けるような痛み。ナサニエルはうめいた。
振り向いた一歩後ろにフィリップがいた。
手に持つ細いナイフは、短鞭の持ち手のようだった。
──仕込んであったのか。
妙に感心してしまった。こんなものがあるのか。
「ネイト!」
「来るな!」
ナサニエルは怒鳴った。
シーリアの足が止まる。
彼女の取り乱した叫びが、庭園に響いた。
厩舎の隣の犬舎から、犬が一斉に飛び出してきた。
ポインターの群れに襲われ、フィリップが叫んでいる。
足に噛みつく老犬──あれはドレイクか?
「ドレイク!戻れ!」
ナサニエルは太ももを一度叩いた。
すぐさまドレイク達が、彼のもとに駆けつけた。
袖と裾の破れたフィリップが、後ずさりをして走り去って行った。
フィリップの後ろ姿が見えなくなった。ナサニエルは途切れ途切れに息を吐き出した。
立ちくらみがする。
ドレイクが足元に身を寄せて見上げた。
ずいぶん年をとったな……
周りに他の犬も群がった。
「……良い子だドレイク……お前の子供達か?」
痛みに声を枯らしながら、ドレイクの顎の下を撫でる。
尻尾を下げたドレイクが、弱々しく鼻を鳴らした。
「ネイト……」
シーリアがいつの間にかそばまで来ていた。表情のない真っ青な顔をして。
「見せて……ああ、そんな……」
背中に彼女の震える手を感じた。
ナサニエルは、ぶるっと身震いをした。
「大したことはない。浅く切られただけだろう」
「スミス先生に見せないと……待って、歩かないで!誰かを──」
「馬鹿をいうな。一人で歩ける」
屋敷に向かうナサニエルの周りを、息を乱したシーリアとドレイク達がおろおろとしながら付いてきた。
興奮気味の犬の鳴き声が庭園に響いた。
たどり着く前に、玄関ドアから従僕が出てきた。
シーリアは従僕のもとに走った。
「スミス先生を呼んで!ネイトが怪我をしたの!クロッカーに伝えて!」
彼女の横をナサニエルは素通りして、階段をのぼっていく。
「お願い!」
従僕が頷き、走るのを見届けると、シーリアは女中頭の部屋に向かい、薬箱を借りた。
薬箱を抱え、息せき切ってナサニエルのあとを追った。