幼すぎた君との別れから

33話

 人は唐突に死にたくなることがある。
 それを知ったのはインドに行ってからだった。


 犬舎には人は誰もいなかった。通路左右の犬達は、嵐に落ち着きをなくして吠え続けている。

 一番奥のケージにドレイクがいた。すくっと立っている。

「シーリアは……来ていないか……そうか……」

 ナサニエルは水を滴らせながら、柵をつかんで体を支えた。犬舎がぐるぐると回っている気がする。

 素早く踵を返した。後ろで激しくドレイクが吠えだした。ぶち模様の衰えた足が少し震えている。

「今のお前には無理だ、ドレイク」

 ドレイクが柵を噛んで激しく揺らす。

 ドレイクならシーリアの匂いを辿れるだろうか。
 濁った目でじっとドレイクが見つめていた。

 ナサニエルはためらいながら真鍮のラッチを外して柵を開けた。

「決して足手まといになるなよ」



 雨が正面から打ちつける中、ドレイクは匂いを嗅ぎながら丘に向かった。

 

 遠くの山に雷が落ちる。
 水位の増した湖面が照らされた。

 ドレイクが立ち止まった。鼻先が湖の方角を指す。ナサニエルの心臓がいっとき動きを止めた。

 ドレイクを置いて、ナサニエルは丘を駆け下りた。

 ランタンを前に突き出し、視線を巡らせながら湖畔を延々と歩いた。雷が鳴りやまない。
 ドレイクが追いついてきた。寒さに筋肉を震わせている。

「ドレイク、シーリアはどこだ!」

 ブーツに何かが当たった。消えたランタンだった。

 立ち止まって、肩で息をした。濡れそぼった顔を拭う。

 シーリアを失ったら──考えないようにしていたことが、とうとう抑えきれなくなった。

 何のために生きて帰ってきたのか────
 やめろ、屋敷に戻っているに決まっている。

「戻るぞ、ドレイク」

 ドレイクがよろめきながら、いきなり走り出した。どしゃ降りの向こうに見える、湖畔のボートハウス。

 ナサニエルは、はっと息を止めて、ドレイクを追いかけた。



 三角屋根のボートハウスの外階段をドレイクと駆け上がった。

 玄関ポーチでうずくまるシーリア。

「シーリア!」

 シーリアは顔を伏せて、震えながら両耳を塞いでいた。
 ナサニエルはランタンを石床に置いて手をつき、彼女の顔を覗きこんだ。

「シーリア……?」

 目が合わない。昔と同じだ。心がどこかに行ってしまっていた。

 両膝をつき、反応の無いシーリアを覆いかぶさるように抱きしめた。ぐっしょりと体が濡れている。
 
 髪に顔をうずめ、シーリアの香りを思い切り吸い込む。

 立ち上がってボートハウスの両開きのドアを見つめた。

「──ここに入りたかったんだな」

 当然施錠されていた。ナサニエルは力任せにドアを蹴りつけた。数回目に鍵受け部分が壊れてドアが開いた。
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