幼すぎた君との別れから

37話

 二人で朝食室に戻った。

 ミセス・ケインズは席に着かずに部屋の中を歩きまわっている。

「ミセス・ケインズ……落ち着いて」

 ミセス・ケインズははっと立ち止まり、シーリアの隣の椅子に素早く戻った。
 握り合わせた両手を額にあてる。

「生徒だったあなたに言われるようでは、だめですね……」

 想う人と離れ離れになる時のあせりと苦しみ──ミセス・ケインズの気持ちはよくわかる。

 シーリアはサイド・ボードに行き、甘いココアをカップに注いだ。テーブルに戻りミセス・ケインズにそっと差し出す。

 二人の間の障害の多さに、簡単に応援することもできない。

 ミセス・ケインズはカップを受け取ると、ココアをあっという間に飲み干した。
 
 長いため息。

「レディ・シーリア……馬車を借りてもいいでしょうか?」

「馬車?ええ、どこへ行くの?」

「姉のところに。アリさんとのことを許してもらってきます」
 はっきりと、ミセス・ケインズは言った。

 シーリアは喉元に手をあてて、ミセス・ケインズを見つめた。
 彼女の決断。自分のことのように心が騒ぐ。
 
 余計なことを言わないように、唇を噛んでうなずくだけにした。


 ミセス・ケインズは準備のために自室に戻ると、昼過ぎにはターナー夫妻の牧師館へ発っていった。



 ナサニエルもミセス・ケインズもいない、しんとしたフォーチェスター・ホール。
 やけに広く感じる。

 夜には初雪が降った。

 シーリアは暖かくした自室で夕食を取り、早めに寝床についた。


 翌日の日曜日、遠くの山の頂に美しく雪が積もっていた。

 足首までの丈のコートを着て、使用人たちと歩いて教会へ礼拝に向かう。

 教会につき、礼拝堂の一番前の会衆席に座った。
 視線を前にむけたまま、隣の彼の席をそっと撫でる。

 後ろから和やかな話し声が聞こえた。
 ナサニエルがいない時のほうが、村人達がくつろいでいることに気がついて、シーリアはくすりと一人笑った。

 牧師が入ってきた。

 いつもより心を込めて、神に祈りを捧げた。

 ナサニエルのこと。結婚のこと。ミセス・ケインズと、アリのこと。

 日曜礼拝が終わった。

 明日、彼は何時頃帰ってくるだろう。そんなことを考えながら、教会の外に出た。

 彼が帰ったら式を挙げる。
 十四歳のシーリア・デ・レイシーが胸の中で大騒ぎをしていた。

 そうだ──フローレンス達にも祝ってほしい。少し待つことになっても。ネイトに相談してみよう。


 ポーチ脇に見覚えのある男性を見かけた。
 背中からうなじに寒気が走り抜ける。

「レディ・シーリア」

 ヘイズ卿が会釈もなしに手招きをした。

 一瞬、逃げようかと思った。
 会衆の目を感じて、踏みとどまる。
 人前で妙なことはしないはず。

 身構えながら、数歩だけ近づいた。

「フォーチェスターは?」
 
 シーリアは聖書と讃美歌集を入れたバッグを胸に抱え込んだ。

「いないようだな……レディ・シーリア、君は私を侮っているのか?結婚式の日取りはいつになった。もう年を越えてしまうではないか」

 ヘイズ卿がステッキを強く地面につく。
 シーリアはぽかんと口を開けた。

「……婚約撤回通知が届いているはずです」
 一歩、後ずさりしながらつぶやいた。

「……婚約撤回通知だと?」

 ヘイズ卿の顔がみるみると、赤黒くなっていく。

「そんなものは知らん!」

「間違いありません!」
 彼は送ったと言っていたもの。

 ヘイズ卿は人目を気にするように、周りに視線を向けた。

「恥をかきたくないなら、あちらへ」
 ヘイズ卿が声を落として、墓地を顎で差す。

 どういうことなの……なぜ知らないの?


 ヘイズ卿は芝生に立つ傾いた墓の前で立ち止まった。

「婚約を撤回した──それだけですむ話だと思うか?ふてぶてしい……」

 睨みつけるヘイズ卿。
 シーリアは何とか視線をそらさずに耐えた。顎の震えを歯を食いしばっておさえる。

「できる償いはします……」

「小娘が。後見人の許可なしでは金も自由にできぬくせに……婚約を破棄してどうする」

 シーリアは口を固く閉ざした。

 ネイトのことは今は言わないほうがいい。
 いずればれてしまうのは、分かっているけれど……

 ヘイズ卿がステッキの柄を、もう一方の手のひらに叩きつけていた。

 もう限界だった。

「婚約撤回通知は間違いなく届いているはずです。失礼します……」

「待て!」

 ヘイズ卿がふいにすました顔になった。

「そうだな……最低限の礼節は守ってもらおうか。フィリップへの直接謝罪と、婚約指輪の返還。それくらいはできるだろう」

「え……?」
 声がかすれる。

 あっさりと引いたヘイズ卿を、シーリアは顎を引いて見つめた。

「無理やり結婚させることもできんだろう。こうなっては仕方がない」

 それだけでいいの?

 ヘイズ卿が鼻を鳴らした。
「貴重な時間を取られたわ。争いはもうこりごりだ」

 シーリアは思わず唇を舐めた。

 裁判がなければネイトに負担をかけなくて済む。

 祈りが届いた……

「分かりました」

「いつだ」

「あ、明日、早いうちに」

 ネイトが帰る前に済ませよう。彼はフィリップに会うことに反対するだろうから。

「よかろう、こちらから迎えをやる」

 シーリアがうなずくと、ヘイズ卿は教会の陰に停めていた馬車に乗り、去って行った。

 シーリアは拳を唇に押し当てた。視界がかすんでいく。

 屋敷に帰って、指輪を探さないと……
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