幼すぎた君との別れから

40話

 締め切られた唐草模様のゲート。手元をランタンで照らしながら、アリが呼び鈴を鳴らした。

 ナサニエルはランタンを前に出して、ゲートの前を左右にせわしなく歩いた。
 ゲートハウスからは明かりが漏れているのに、ヘイズ家の門番は窓から顔も出さない。

 シーリアが自らフィリップ・ヘイズのもとに戻るわけがない……彼女は私を愛してると言った。
 
 ふいにタルボットの捨て台詞が頭の中をよぎる。
 
 カッと血が上り、ゲートを足で蹴りつけた。

「大尉……冷静に」
「分かっている!」

 馬車の後ろの暗がりから口髭の警官がやってきた。

「フォーチェスター卿……レディ・シーリアが囚われているという話は──」

「そうだ!ここに囚われている。彼女を早く助けてくれ!」
 早口で叫んだ。

「にわかには、信じられませんな」
 警官は首をかしげながら、ゲートハウスの呼び鈴を悠長に鳴らした。

 ナサニエルは短く罵った。ゲートの隣の背丈ほどの塀の上にランタンを置き、よじ登って敷地内に入る。
 もっと早く、こうすべきだった。
 アリもそのあとに続く。

「フォーチェスター卿!」
 後ろから、警官が吠えた。



 屋敷のドアを何度も拳で叩く。
 やっと追いついた警官が後ろに立った。

 ヘイズ家の執事がドアを開けた。

「フォーチェスターだ。レディ・シーリア・デ・レイシーを迎えに来た」

「……少々お待ちください、今確認を──」
 ナサニエルは執事の横を通り抜けて、わびしい玄関ホールの中に入った。

「困ります、フォーチェスター卿!」
 執事が声を上げる。

「アリは地下、あなたは上階だ」
 アリと、警官に指示を出して右手の通路に向かう。


 図書室を見終わり、その向こうのドローイング・ルームを開けた。

 息を飲む。

 目の前でシーリアとフィリップ・ヘイズが抱き合っていた。

 すぐに消えて幻だと気づいた。

 心臓がいっとき止まった気がした。
 ナサニエルは胸に手を当てながら、激しくまばたきをした。
 どうかしている……

 レディ・ヘイズがじっと立っていた。

「シーリアを迎えに来ました。彼女はどこです」

 レディ・ヘイズは押し黙っている。

 柱時計の時報が重たく鳴る。レディ・ヘイズが飛びあがった。

「レディ・シーリア? 存じませんよ。そちらに帰っていらっしゃらないの?」

 家具の合間をぬって、ゆっくりとレディ・ヘイズに近づいた。

「嘘だ」

「フォーチェスター卿!出て行って下さい」

「屋敷の中を確認させてもらう。あなたもついてくるんだ」

「あなたはおかしいわ!」

 後ずさりしながら喚くレディ・ヘイズは、本気でそう思っているようだった。
 
 ナサニエルは含み笑いをした。

 その通りなんだろう……

 身の破滅がそこまで近づいている気がした。



「ほら、いないわ!もう満足なさったでしょう?」
 レディ・ヘイズがドアのそばでけたたましく不満を漏らした。

 左翼棟の端のビリヤード・ルーム、ここで一階の部屋は最後だった。
 もう一度、ビリヤード台の下、キャビネットの陰、そのあとはカーテンの裏を見て回る。

「ミスター・ヘイズとヘイズ卿に会いたい」

「あいにく今夜は不在です」

 ドアが開く音に素早く振り向いた。
 アリと警官が部屋に入ってきた。

「大尉、レディ・シーリアは上階と地下には居ませんでした」
 重たい声でアリが言った。

「……そんなはずはない、ではどこにいると言うのだ」
 目をそらしてかすれた声でつぶやく。

「レディ・ヘイズ。レディ・シーリアがここを出られたのは、いつ頃ですかな?」
 警官が、レディ・ヘイズと親しげに話しはじめた。

 シーリアはとっくに帰ったという、レディ・ヘイズの話は本当なのか……?

 頭がガンガンと痛みだした。
 手で目を覆う。

 分からない……

──シーリア……どこなんだ、教えてくれ……

「大尉」
 アリが耳打ちをした。

「通用口から庭園に向かう子供が気になりました。追いかけますか?」

 子供──遊んでいるだけだろう……

 けれども今は何の手がかりもない。

 ナサニエルは力なくうなずいた。
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