幼すぎた君との別れから

41話

 夜が来た。フィリップとヘイズ卿がまた礼拝堂にやって来た。

「二時間後に来る」
 そう言って、ヘイズ卿はドアを閉め、鍵をかけた。

──また、二時間。

 シーリアの唇が震える。
 フィリップは手に持つ毛布とランタンをベンチの一つに置いた。

「夕べは寒かっただろう」

 フィリップの鼻先が冷えて赤くなっている。
 寒さを感じる余裕が無かったことに彼女は気がついた。

 シーリアの胃が空腹に大きく音を鳴らした。フィリップが苦笑して、ドアのそばに落ちる二つのリンゴの芯に目を向ける。

「他は?」

 首をぎこちなく横に振った。

「ジョージめ……これで足りるわけないだろう。あとでまた何か持ってこさせよう」
 物静かにフィリップが言った。

 まだ、ここから出す気はないのだ。シーリアは落ち着きなく爪を噛んだ。
 フィリップが最前列のベンチに横向きに座り、肩を落とす。

「僕もこんな状況は望んでいなかった。だけど、こうなってしまっては……父さんの言うとおり、スコットランドで結婚するのが、一番の解決策なんだろう」

 フィリップが瞬きもせずにじっと目を合わせた。

「勝手すぎるわ……」

 彼の深いため息。
 目の下にはクマができている。

 シーリアは自分を見失いそうになった。
 口元を引き締めて、自分を奮い立たせた。

「シーリア……君を大切にする……君にされたことは忘れてね。以前の僕達に戻ろう。それが周りに祝福された正しい道なんだ」

「あなたはお父様のためなら何でもするの?」

 フィリップが言葉を失った。



「レディ・シーリアはミスター・フィリップの婚約者でしたね?」
 廊下を歩きながら、警官がナサニエルに尋ねた。

「違う、今は私の婚約者だ」

「なんと──」

 シーリアを信じろ──何度も自分に言い聞かせる。

 外はちらちらと雪が降り出していた。
 シーリアを思い、ナサニエルの足取りが速くなる。

 暗闇の中、光る二つのランタン。子供を見つけた。芝生の上で立ち止まり、誰かと話をしている。
 相手はヘイズ卿だった。

 レディ・ヘイズは嘘をついていた。

「アリ」
 アリに目配せをする。

 ナサニエルは自分のランタンを警官に渡して、静かに二人に近づいた。

 背後から腕を掴んだ。もう一方の腕をアリがおさえる。 

「ジョージ!エレノアを呼べ!」

 体をよじりながら、ヘイズ卿が叫んだ。
 狂ったように取り乱している。

「シーリアはどこだ」

 ヘイズ卿の腕をねじる。手加減ができなかった。ヘイズ卿が叫び声をあげた。

「フォーチェスター卿、おやめください……あなたを捕らえなければならなくなる」
 駆け寄った警官が言った。

 ヘイズ卿の視線が泳ぐ先──うっすらと灯りの漏れる、細長い三つの窓。
 小さな建物だ。

 胸がざわつく。直感が働いた。あそこにシーリアがいる。


 ヘイズ卿をアリに任せ、ナサニエルは灯りに向けて走った。

 小さな建物の中からシーリアのしっかりした声が聞こえる。

 膝ががくがくとした。崩れ落ちそうになり、ドアの横の壁にもたれて天を仰ぐ。 

 フィリップ・ヘイズの声も聞こえた。たちまち体が硬直する。最悪の想像が頭に浮かんで、ドアを開けられなかった。

「────僕を選んだ時のことを思い出してほしい。君はフォーチェスターのことはもういいと言ってくれたじゃないか」

 ナサニエルはぐっとランタンの持ち手を握りしめた。

「……あれは本心じゃなかった」
 シーリアの声が震える。
  
「何だって?」
 フィリップが声を尖らせる。

 思わず息をひそめ、耳を澄ませた。

 警官、ヘイズ卿を拘束したアリが近づく。ナサニエルは手を上げて止まらせた。

「おじ様が……あなたと結婚したらネイトの勘当を解いてやると言ったから……」
 消え入りそうなシーリアの小さな声。

 思考が霞んでシーリアの言葉が理解できなかった。

「意味が分からない」

「ネイトは私のせいで腕をなくしたの……そのことでおじ様は私を恨んでいた。フィリップ……あなたには本当にひどいことをしたと思ってる」

 腕に鳥肌が立ち、手からランタンが滑り落ちた。ろうそくの火が消える。

……シーリアは私のためにフィリップ・ヘイズと婚約をしたというのか?

 地面が揺れている気がした。

 そんな理不尽な話──

「僕との結婚が、罰だったと言うのか?」
 フィリップの問いにシーリアは何も答えない。

「答えろシーリア……それが本当なら、君達をとても許せない」
 フィリップの声がかすれて威圧的になる。

「……君が男なら叩きのめしてやる」

「あなただってヘイズ卿に言われてプロポーズしたはずよ!」
 シーリアの声が次第に悲鳴のように変わった。

 暗がりの中、手探りでドアの取っ手を見つけ、ガタガタと揺らした。鍵が閉まっている。

「父さん?」
 フィリップが言った。

「開けろ!フィリップ・ヘイズ!」

「……ネイト!」
 シーリアが反対側からドアを強く叩いた。
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