幼すぎた君との別れから

42話

「中からは開けられない!ヘイズ卿が鍵を持っているの!」

「アリ、ヘイズ卿が鍵を持っている!」
 ナサニエルは振り返り叫んだ。

「やめろ!鍵など持っておらん!」

 アリが暴れるヘイズ卿の服をあさる。ヘイズ卿のウエストコートのポケットから、鍵が出てきた。
 険しい顔をした警官が、それを受け取り持ってくる。

 鍵を開け、ドアを押す。
 シーリアが胸に飛び込んできた。
 ナサニエルは反射的に彼女を強く抱きしめ、頬を擦り寄せた。 

「シーリア……」

 顔を離して目を合わせた。見上げるシーリアの瞳が濡れていた。

「指輪を返しに来ただけだったの……信じて」

 私はなんて馬鹿だったんだ。ナサニエルの頬がカッと熱くなる。

「ああ、分かってる……」
 
 間に合っただろうか……

 のけぞって恐る恐る服の乱れを確認し、彼女の頬を撫でながら目の奥を探る。

 瞳を煌めかせたシーリアの微笑みが、ナサニエルの心を一瞬で溶かした。
 
 ああ……やっと現実に戻ってこられた。


 足元に何か落ちている。よく見ると、リンゴの芯だと分かった。シーリアが食べたのだろうか。ほぼ枝と種しか残っていない。

 一人でリンゴを食べる姿が目に浮かび、涙腺が緩みそうになる。
  
 歯を食いしばり、フィリップ・ヘイズを探した。
 祭壇の前、青ざめた顔で立っていた。 


 警官と、アリに背中を押されながらヘイズ卿も入ってくる。

 警官は礼拝堂を歩き、上下左右を見てまわった。中ほどで止まる。

「どうもフォーチェスター卿の話は正しかったようですね。レディ・シーリアは昨日帰ったとレディ・ヘイズから伺っていましたが……ヘイズ卿?」

 斜め下を見ながら、ぼそぼそとヘイズ卿が言った。
「……フィリップがしたことだ……私は知らない」

「父さん!」

 フィリップ・ヘイズが、硬直した。

「出来の悪い息子に、恥をかかされたわ」

 フィリップが自分の胸元を鷲掴みにして、首を横に振る。
 レディ・ヘイズと少年が足音を忍ばせてやってきた。

「巡査、あとは当事者のフィリップに聞け。ここは寒くてかなわん。私は屋敷に戻る。フォーチェスター卿!この異国人を何とかしろ!」
 ヘイズ卿がアリの拘束から逃れようと悶えた。

 ナサニエルは目を細めて、フィリップ・ヘイズを見つめた。うつむいてぶつぶつと独り言をつぶやく姿に、怒りが萎えてくる。

 ナサニエルは、拳を握りしめるフィリップから目を逸らした。

 開きっぱなしの入口の向こうに落ちていたランタンを拾い、しゃがんで再び火をつける。

「アリ、巡査に協力してやってくれ。行こう……シーリア」

 立ち上がり、そわそわとするシーリアの後ろから腕を回した。二人きりになって、早くシーリアを休ませたい。

「待て、フォーチェスター」
 フィリップが呼び止めた。

「……三万ポンドの話はまだ有効か」

 鼓動がわずかに速まる。

 ナサニエルは敢えてじろじろとフィリップ・ヘイズに目を向けた。

「……条件によっては」

「フィリップ、待て、三万ポンドとは何の話だ」

 ヘイズ卿に耳を貸さずに、フィリップははっきりとした口調で言った。
「婚約解消については口を閉ざす。もうシーリアには会わない」

「口を閉ざすだけではだめだ。円満に解決したと主張してくれ」

「……わかった。送金先はもちろん僕に」

 ナサニエルは顎をあげ、少し悩むふりをしたあと頷いた。
「いいだろう」

「──フィリップ!わたしに話を隠したな!金をどうするつもりだ!」
 ヘイズ卿は下手に出ては高圧的になり、フィリップへ喚き続けている。

 フィリップが痛々しい笑みを浮かべた。

「シーリア、最後に証言をしてくれないか?」

 ナサニエルはシーリアを見下ろした。彼女も自分を見上げている。
 シーリアはフィリップにこくりと頷いて警官と目を合わせた。
 
「私を監禁したのはヘイズ卿で、フィリップではありません」

「分かりました。明日詳しく話を伺いにいってもよろしいですか?」
 ヘイズ卿の喚き声に負けないように、警官が大声で尋ねた。

「ええ……」

 シーリアと二人、礼拝堂を出た。
 入口のそばにいた、身を縮めたレディ・ヘイズと少年に少し胸が詰まる。

 後ろから、硬い衝撃音とヘイズ卿のうめき声が聞こえた。

 フィリップ・ヘイズはとうとう父親を殴ったんだろう。
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