幼すぎた君との別れから

6話

 ミス・バークリーがシーリアの寝室を出て行った。

 部屋に入るなり始まったバークリーの罵声。一時間ほど続いただろうか……


 外から雨の叩きつける音がする。

 窓辺に近づいて外を見つめた。
 激しい雨。温室にはまだ灯りがともっていた。

 シーリアはカーテンを、握りしめた。

 私のことはともかく、ナサニエルお兄様のことは許すに決まっている。
 伯爵は彼のことを、あんなに自慢に思っているんだもの……


 雷が光った。
 反射的にカーテンを閉めて、後ずさりをした。

 雷鳴のたび、びくつく体。
 耳をおさえてしゃがみこんだ。


 しばらくして、ようやく雷の音がやんだ。

 荒い息をしながらカーテンを開ける。温室の灯りは消えていた。
 

 ドアのノック音。
 シーリアはパッと振り向き、うめき声を漏らした。

 ナサニエルお兄様?


「──ど、どうぞ」

 ろうそくを持ったメイドが、遠慮がちに顔をのぞかせた。

「レディ・シーリア。大丈夫ですか?悲鳴が聞こえましたが……」

 優しくメイドが問いかけた。

「……大丈夫」

 シーリアは顔を両手で覆った。

 彼が来るわけない。



 翌朝、おそるおそる入った学習室には、誰もいなかった。

 メイドがテーブルに用意した朝食。いつもテーブルの対角線上に座るミス・バークリーの分がない。

「あの、ミス・バークリーは?」

 メイドは眉を下げて言葉を濁した。

 数口食べて朝食を終えた。

 シーリアは部屋を出て、廊下から螺旋階段に出るドアに向かった。
 鍵がかかって、出られなかった。

 どうなっているの……

 眉をひそめて下唇を強くつまむ。
 

 折れ曲がった廊下の向こうから声がする。
 足音を立てずに近づいた。
 二人のメイドが身を寄せて話していた。

「──まさか、ナサニエル様が勘当されるなんて……ねえ……」

 シーリアのうめき声に、二人が振り向いた。

「レディ・シーリア」

 メイドたちがあたふたとしだした。

 勘当────

「ど、どうし──」

 理由は分かりきっている。目の前が一瞬、真っ暗になった。

「……鍵を開けて」

 メイドのスカートをつかんで声を震わせる。

 メイド二人が目を泳がせながら、もごもごと口を動かした。

「はやく!」

「……申し訳ありません、レディ・シーリア。あなたを外に出さないようにと言いつけられていて……」

 シーリアはドアのもとまで走り、ドアノブをガチャガチャと回して、開かないドアに体当たりをした。

 大きく重厚なドア。何度体をぶつけても、びくともしなかった。



 シーリアは、学習室の窓格子を両手でつかみ、外に目を凝らした。

 振り子時計が鳴った。
 午前十一時。

 前庭に馬車がつけられた。

 少しして、雨上がりの濡れた石畳の上に、ナサニエルと大きなカバンを抱えた従卒が現れた。

 シーリアはつま先立ちになり、窓格子に顔を押し付けた。

 従卒が荷物を積み込んでいる。

「やめて……」

 ナサニエルが足を止めた。

 少しして、彼は意を決したようにこちらを見上げた。

 行かないで……目でそう訴える。

 彼が首を横に振った。
 
 格子を握るシーリアの手が、ずるずると落ちた。

 あんなこと、するんじゃなかった。どうしたらいいの……

 ナサニエルが目を閉じて深呼吸をする。
 彼は上を向いて笑って見せた。これでいいんだ──彼の口がそう動いたように見えた。

 もう一度格子を強く掴む。
「戻ってくる?」
 シーリア声を張り上げた。

「ああ」
 ナサニエルが大きな声で答えた。

 シーリアは嗚咽を飲み込み、胸元に手を入れてコルセットの中からロケットを取り出した。

 彼は目を大きく開いて、彼女の手元をじっと見ている。

 シーリアはロケットを握りしめた手を窓格子の隙間から伸ばした。

 写真入りのロケット──なんて重たいプレゼントなんだろう。
 恋人でもないのに、どうしてこんなものにしたの?

 シーリアは唇を噛みながら、そろそろと腕を引っ込めた。

「シーリア」

 ナサニエルが、片手をまっすぐに上に伸ばした。

 シーリアはうなずき、ロケットを落とした。

 彼は難なくそれを手につかむと、蓋をあけて写真を見つめた。
 セピア色の小さな写真。やけに長い間、うつむいてそれを見ている。

 ナサニエルが写真のシーリアにそっと口づけをした。

 シーリアはあまりの胸の苦しさに、息をするのも忘れた。


 馬車の見えなくなった青々とした庭園。

 シーリアはうずくまり、むせび泣いた。

 ナサニエルが行ってしまった。

 穏やかに、胸を張って。

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