双子王子の継母になりまして ~嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~5
「も、申し訳ありません! つい」
腕の力が緩まり、青い瞳が私を見つめた。
「いや、私の言い方が悪かった。いい機会だから、ロベールとマルセルの学びについて話しておこうと思ったんだ」
「学び?」
「ふたりとも、宮殿に来る教師たちにいろいろ教わっているだろう?」
即座に答える。
「ええ。今は、ドゥードゥー先生に魔法学の実技と座学を、家庭教師(ガヴァネス)たちに初歩の読み書きや算数を、専門の先生にマナーを学んでいますわ。最近では乗馬も楽しくなっているみたいです」
誕生パーティでルイゾン様から贈られた牧場には定期的に通っている。私が贈った仔馬は人を乗せるにはまだ幼いので、今はポニーで練習中だ。
――その様子もとてもかわいいのよね。
思い返して頬を緩ませる私に、ルイゾン様は申し訳なさそうに告げた。
「君のおかげで王子たちもやる気が出ているのがわかるんだが、それも十三歳までなんだ」
「十三歳?」
突然現れた数字に瞬きを繰り返す。
「ふたりとも、十三歳になるとアカデミーに入学する。それを言っておきたかったんだ」
初耳だったので確かに驚いたが、そこまで深刻に言わなくても。
そう思った瞬間、ルイゾン様が付け足した。
「アカデミーは全寮制だ。王族も例外ではない」
「全……寮制」
――つまり、十三歳になるとここから離れる。
まだ七年も先の話なのに、胸の奥にスウッと冷たい風が吹いた。
――あの子たちが、目の前からいなくなってしまう?
いや、今ではない。今の話ではない。それはわかっている。
だけど、胸の奥の冷たい風は吹きやまない。
「ジュリア?」
ルイゾン様が心配そうな声を出した。
咄嗟に自分に言い聞かせる。
――落ち着くのよ、ジュリア。よく考えてごらんなさい。寂しがることじゃないわ。むしろ、いいことなのよ。
なんとか呼吸を整えて、いつもの微笑みを浮かべた。
「教えてくださってありがとうございます」
ルイゾン様は私の顔を覗き込むように尋ねる。
「……大丈夫か?」
私は短いながらも、力強く答えた。
「ええ」
なにか言いたげに私を見つめていたルイゾン様だったが、私の表情が変わらないのを見て、切り替えたように続ける。
「アカデミーのことだが」
「はい」
私は真剣に耳を傾けた。
「十三歳から通うのは、王都のアカデミーだ。卒業後は、おそらく帝国のアカデミーに留学するだろう。私のように」
――国内だけじゃなく、帝国にまで。
胸が、今度はズキンと痛んだ。
――ミレーヌお義母様と異母妹カトリーヌに、北の修道院に送られそうになった時でさえ、これほどの痛みは感じなかったのに。
だけどすぐに、そんなことを思い出している場合じゃないと切り替える。
いつしか身についた王妃らしい笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「できることが増えて、ロベールは喜びそうです。いえ、学ぶことが多くなってマルセルの方がはしゃぐかもしれません」
行動の場所が広がることにワクワクするロベールと、新しい知識を楽しむマルセル。
ふたりにとってそういう場所になるはずだ。
「アカデミーではどんなことを勉強するんですか?」
尋ねると、ルイゾン様は懐かしそうに答えた。
「自分が知りたいことを深掘りできるのが、帝国のアカデミーのいいところだ。あちこちの国からいろんな者が集まっているから、生徒も先生も変わり者が多い。良くも悪くもここ、ティヴェール=サヴァティエ王国を外から眺められるだろう」
「まあ、そうなんですね」
「長期休暇には宮殿に戻ってくる。ダンスも上達しているはずだから、相手をしてもらったらいい」
「ロベールとマルセルと一緒にダンスを? 嬉しいです!」
ルイゾン様の気遣いに応えるように、私はことさら明るい声を出した。いつか、背が伸びたふたりとダンスを踊りたいと言っていたのを覚えていてくれたのだ。
ルイゾン様は安心したように付け足す。
「その時は盛大な舞踏会を開こう」
「まさか、そのためだけにじゃないですよね?」
「そのためだけに決まっている。気の済むまでふたりと踊ればいい」
「いえ、あの、ひっそりと練習室で踊ってもらえたらそれでよかったんですが」
恐縮する私に、ルイゾン様がからかうように言う。
「私もアカデミーから戻るたびに舞踏会を開かれていたのだが、その様子ではまったく知らなかったようだな」
「ええっ!?」
驚いた声を出してしまったが、よく考えたら当たり前だ。
――国王陛下ですものね。
「失礼しました……」
「謝る必要はない。あの義母たちのことだ。君を舞踏会に出さなかったんだろう?」
「それもありますが、そもそも結婚前までルイゾン様にまったく興味がなかったんです」
ガフッと盛大な音を立てて、ルイゾン様がむせた。
「ルイゾン様!? 大丈夫ですか?」
「いや、うん、大丈夫だ……多分」
「お水を!」
立ち上がろうとする私を、腕の力を強めて引き止める。
「いや、ジュリアがここにいてくれたら収まる」
「そういうものですか……?」
「ああ」
ルイゾン様は言葉通り、すぐに落ち着いたようだった。
「……今はそうじゃないということだな、うん」
その呟きには全力で返事をする。
「はい! おかげさまで今はいろんな夜会や舞踏会に出させてもらっていますわ」
「そういうことでは……いや、なんでもない」
ルイゾン様はひとりでなにか納得した後、背後から抱きしめる力を強めた。
「アカデミーではいろんなものが得られるが、なにより本物の人脈を作れるのが大きい。派閥争いもあるが、一生の友ができる時期だ」
私はルイゾン様の腕の中でしみじみと思い返す。
「ルイゾン様もバシュレー子爵とアカデミーで出会ったんですものね……ロベールとマルセルにもそんな出会いがあればいいと願いますわ」
本心から言うと、実感に裏打ちされた言葉が返ってきた。
「そうだな」
王立植物園の園長をしているバシュレー子爵とルイゾン様は、今でも気安い仲だ。燃えるような赤毛を後ろでひとつにまとめ、赤い瞳をしたバシュレー子爵はマリヴォンヌの親戚でもある。
――マリヴォンヌといえば。
ひそかに気になっていたことをそっと口にした。
「あの、あれは本当なんでしょうか。紅彗狐が災厄を呼ぶというのは」
だが、ルイゾン様はすぐに否定する。
「いや、確かに知性を感じさせる瞳だったが、私には悪いものに見えなかった」
――よかった。
実際に目撃したルイゾン様がそう言うなら大丈夫だろう。
「ジュリアがそんなことを気にするなんて意外だな」
「そうですか? いつも無事を願っていますわ」
「それは嬉しいな」
ルイゾン様のことだけじゃない。
『災厄』という言葉の幅広さが、私を不安にさせた。フルー川の洪水みたいなことは、できればもう起こってほしくない。そのためには、平時からの対策が大事だ。
――そういう意味でも、ため池を作ったのはよかったわよね。他にできることはなにかしら。
「それではジュリア」
「え?」
ルイゾン様は私の考えが横道にれたのを察したかのように、私の顎にくいっと手をかけた。
「そろそろ、君がどれくらい私を待っていてくれたか、じっくり聞いてもいいかな?」
――え? え? え?
「ど、どうして急に?」
「君がその気になるのを待っていたら、朝になりそうだからだよ」
その気がどの気のことかは考えないようにしながら、一応反論する。
「そんなことありません」
ルイゾン様は睫毛が触れ合うような近さで囁いた。
「あるいは眠ってしまうだろう?」
それはあり得る。
身に覚えの多い私は、ピタッと動きを止める。
ルイゾン様は微笑んだ。
「眠っていてもかわいいが、今日はまだ起きていてほしいな」
「起きています――きゃ」
最後まで言う前に、ルイゾン様は私を横抱きにして立ち上がった。
ベッドにそっと横たえられ、天蓋を見上げたのも束の間、ルイゾン様の顔がすぐ近くまで下りてくる。
「ジュリア、会いたかった。君に会うために、早く帰ってきたんだ」
月のない夜だった。
闇が深いせいか、頬に触れたルイゾン様の手が、ひどく熱く感じられた。
腕の力が緩まり、青い瞳が私を見つめた。
「いや、私の言い方が悪かった。いい機会だから、ロベールとマルセルの学びについて話しておこうと思ったんだ」
「学び?」
「ふたりとも、宮殿に来る教師たちにいろいろ教わっているだろう?」
即座に答える。
「ええ。今は、ドゥードゥー先生に魔法学の実技と座学を、家庭教師(ガヴァネス)たちに初歩の読み書きや算数を、専門の先生にマナーを学んでいますわ。最近では乗馬も楽しくなっているみたいです」
誕生パーティでルイゾン様から贈られた牧場には定期的に通っている。私が贈った仔馬は人を乗せるにはまだ幼いので、今はポニーで練習中だ。
――その様子もとてもかわいいのよね。
思い返して頬を緩ませる私に、ルイゾン様は申し訳なさそうに告げた。
「君のおかげで王子たちもやる気が出ているのがわかるんだが、それも十三歳までなんだ」
「十三歳?」
突然現れた数字に瞬きを繰り返す。
「ふたりとも、十三歳になるとアカデミーに入学する。それを言っておきたかったんだ」
初耳だったので確かに驚いたが、そこまで深刻に言わなくても。
そう思った瞬間、ルイゾン様が付け足した。
「アカデミーは全寮制だ。王族も例外ではない」
「全……寮制」
――つまり、十三歳になるとここから離れる。
まだ七年も先の話なのに、胸の奥にスウッと冷たい風が吹いた。
――あの子たちが、目の前からいなくなってしまう?
いや、今ではない。今の話ではない。それはわかっている。
だけど、胸の奥の冷たい風は吹きやまない。
「ジュリア?」
ルイゾン様が心配そうな声を出した。
咄嗟に自分に言い聞かせる。
――落ち着くのよ、ジュリア。よく考えてごらんなさい。寂しがることじゃないわ。むしろ、いいことなのよ。
なんとか呼吸を整えて、いつもの微笑みを浮かべた。
「教えてくださってありがとうございます」
ルイゾン様は私の顔を覗き込むように尋ねる。
「……大丈夫か?」
私は短いながらも、力強く答えた。
「ええ」
なにか言いたげに私を見つめていたルイゾン様だったが、私の表情が変わらないのを見て、切り替えたように続ける。
「アカデミーのことだが」
「はい」
私は真剣に耳を傾けた。
「十三歳から通うのは、王都のアカデミーだ。卒業後は、おそらく帝国のアカデミーに留学するだろう。私のように」
――国内だけじゃなく、帝国にまで。
胸が、今度はズキンと痛んだ。
――ミレーヌお義母様と異母妹カトリーヌに、北の修道院に送られそうになった時でさえ、これほどの痛みは感じなかったのに。
だけどすぐに、そんなことを思い出している場合じゃないと切り替える。
いつしか身についた王妃らしい笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「できることが増えて、ロベールは喜びそうです。いえ、学ぶことが多くなってマルセルの方がはしゃぐかもしれません」
行動の場所が広がることにワクワクするロベールと、新しい知識を楽しむマルセル。
ふたりにとってそういう場所になるはずだ。
「アカデミーではどんなことを勉強するんですか?」
尋ねると、ルイゾン様は懐かしそうに答えた。
「自分が知りたいことを深掘りできるのが、帝国のアカデミーのいいところだ。あちこちの国からいろんな者が集まっているから、生徒も先生も変わり者が多い。良くも悪くもここ、ティヴェール=サヴァティエ王国を外から眺められるだろう」
「まあ、そうなんですね」
「長期休暇には宮殿に戻ってくる。ダンスも上達しているはずだから、相手をしてもらったらいい」
「ロベールとマルセルと一緒にダンスを? 嬉しいです!」
ルイゾン様の気遣いに応えるように、私はことさら明るい声を出した。いつか、背が伸びたふたりとダンスを踊りたいと言っていたのを覚えていてくれたのだ。
ルイゾン様は安心したように付け足す。
「その時は盛大な舞踏会を開こう」
「まさか、そのためだけにじゃないですよね?」
「そのためだけに決まっている。気の済むまでふたりと踊ればいい」
「いえ、あの、ひっそりと練習室で踊ってもらえたらそれでよかったんですが」
恐縮する私に、ルイゾン様がからかうように言う。
「私もアカデミーから戻るたびに舞踏会を開かれていたのだが、その様子ではまったく知らなかったようだな」
「ええっ!?」
驚いた声を出してしまったが、よく考えたら当たり前だ。
――国王陛下ですものね。
「失礼しました……」
「謝る必要はない。あの義母たちのことだ。君を舞踏会に出さなかったんだろう?」
「それもありますが、そもそも結婚前までルイゾン様にまったく興味がなかったんです」
ガフッと盛大な音を立てて、ルイゾン様がむせた。
「ルイゾン様!? 大丈夫ですか?」
「いや、うん、大丈夫だ……多分」
「お水を!」
立ち上がろうとする私を、腕の力を強めて引き止める。
「いや、ジュリアがここにいてくれたら収まる」
「そういうものですか……?」
「ああ」
ルイゾン様は言葉通り、すぐに落ち着いたようだった。
「……今はそうじゃないということだな、うん」
その呟きには全力で返事をする。
「はい! おかげさまで今はいろんな夜会や舞踏会に出させてもらっていますわ」
「そういうことでは……いや、なんでもない」
ルイゾン様はひとりでなにか納得した後、背後から抱きしめる力を強めた。
「アカデミーではいろんなものが得られるが、なにより本物の人脈を作れるのが大きい。派閥争いもあるが、一生の友ができる時期だ」
私はルイゾン様の腕の中でしみじみと思い返す。
「ルイゾン様もバシュレー子爵とアカデミーで出会ったんですものね……ロベールとマルセルにもそんな出会いがあればいいと願いますわ」
本心から言うと、実感に裏打ちされた言葉が返ってきた。
「そうだな」
王立植物園の園長をしているバシュレー子爵とルイゾン様は、今でも気安い仲だ。燃えるような赤毛を後ろでひとつにまとめ、赤い瞳をしたバシュレー子爵はマリヴォンヌの親戚でもある。
――マリヴォンヌといえば。
ひそかに気になっていたことをそっと口にした。
「あの、あれは本当なんでしょうか。紅彗狐が災厄を呼ぶというのは」
だが、ルイゾン様はすぐに否定する。
「いや、確かに知性を感じさせる瞳だったが、私には悪いものに見えなかった」
――よかった。
実際に目撃したルイゾン様がそう言うなら大丈夫だろう。
「ジュリアがそんなことを気にするなんて意外だな」
「そうですか? いつも無事を願っていますわ」
「それは嬉しいな」
ルイゾン様のことだけじゃない。
『災厄』という言葉の幅広さが、私を不安にさせた。フルー川の洪水みたいなことは、できればもう起こってほしくない。そのためには、平時からの対策が大事だ。
――そういう意味でも、ため池を作ったのはよかったわよね。他にできることはなにかしら。
「それではジュリア」
「え?」
ルイゾン様は私の考えが横道にれたのを察したかのように、私の顎にくいっと手をかけた。
「そろそろ、君がどれくらい私を待っていてくれたか、じっくり聞いてもいいかな?」
――え? え? え?
「ど、どうして急に?」
「君がその気になるのを待っていたら、朝になりそうだからだよ」
その気がどの気のことかは考えないようにしながら、一応反論する。
「そんなことありません」
ルイゾン様は睫毛が触れ合うような近さで囁いた。
「あるいは眠ってしまうだろう?」
それはあり得る。
身に覚えの多い私は、ピタッと動きを止める。
ルイゾン様は微笑んだ。
「眠っていてもかわいいが、今日はまだ起きていてほしいな」
「起きています――きゃ」
最後まで言う前に、ルイゾン様は私を横抱きにして立ち上がった。
ベッドにそっと横たえられ、天蓋を見上げたのも束の間、ルイゾン様の顔がすぐ近くまで下りてくる。
「ジュリア、会いたかった。君に会うために、早く帰ってきたんだ」
月のない夜だった。
闇が深いせいか、頬に触れたルイゾン様の手が、ひどく熱く感じられた。


