双子王子の継母になりまして ~嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~5
頬が熱くなるのを感じる前に、マリヴォンヌとサニタが口を挟んだ。
「素敵ですわ……」
「本当ですね」
――そうなの!?
私はごまかすようにお茶を飲み干す。
マリヴォンヌが気を利かせて、すかさずおかわりを淹れたが、その瞬間だけピエリックが不自然に固まったのが気になった。さっきまでと大違いだ。だが、ルイゾン様がなにも言わない以上、私も触れられない。
ピエリックがマリヴォンヌと親密になろうとしていることは、薄々気が付いていた。私が見る限り、マリヴォンヌは特別な感情を抱いていないようだが、ふたりで本屋に行くなど少しずつ距離が縮まってきているように思えていたのだけれど。
――あまり首を突っ込んでもよくないだろうし、難しいわ。
マリヴォンヌの女主人としてどう振る舞うべきか悩み始めた私に、ルイゾン様が思い出したように口を開く。
「そういえば、今回、珍しい魔獣を目撃したよ」
「まあ、どんなのですか?」
「紅彗狐(ルージュナール)だ。滅多に人前に姿を現さない魔獣なのだが、街道の外れに一匹だけで佇(たたず)んでいた」
「紅彗狐……ですか?」
確かに聞いたことがない。ルイゾン様はカップを持ち上げたまま答えた。
「ああ。真っ赤な体毛に赤い瞳、燃え盛る炎のように長くて大きな尻尾。間違いない。伝説の魔獣紅彗狐だ」
――伝説の魔獣?
私の疑問に答えるように、ルイゾン様が説明する。
「目撃例が極端に少ない上に、不思議な伝承が残っている魔獣をそう呼ぶんだ。確か、紅彗狐は百年以上、人前に姿を見せていない」
――百年!
私は目を見開いた。
テーブルの向こうで、ピエリックが肩を落とす。
「すごいですよね。俺も見たかったです」
「あら、ピエリックは見ていないの?」
「はい。ちょうど反対側に偵察に行っていたんですよ。次現れるのは百年後ですかね」
ルイゾン様が思い出したように言った。
「そういえば、雨貂(プリュト)が現れた時もお前は違うところを守っていたな」
「そう! そうなんです! いつも間が悪いんです!」
「雨貂も伝説の魔獣なんですか?」
聞き慣れない名前に首を傾げると、ルイゾン様はカップを置いて頷く。
「ああ。臆病で、滅多に姿を見せなくてね。『雨上がりに足跡だけを残す』とも言われている」
よほど人の気配に敏感なのだろう。小さな足跡を想像して、頬が緩んだ。
「なんだか、かわいらしいです」
「そうだな。雨貂なら大人しいし、いつかジュリアにも見せてあげたいよ」
「楽しみです!」
魔獣に変わりはないのだから油断してはいけないと思いつつ、ついそう答える。
「俺も見たいです」
ピエリックがボソッと呟いたが、ルイゾン様は微笑みながら二杯目のお茶に口を付けただけだった。
「でも、そんなにかわいらしい伝承なのに、知られていないのはなぜですか?」
今ちょっと聞いただけでも愛らしいのに、貴婦人たちの話題になっていないのが不思議だった。
湯気の向こうで、ルイゾン様の目が柔らかく細められる。
「そうだな。やはり、頻繁に現れて人を襲う魔獣の方が話題になるんだろう」
――なるほど。かわいらしくても魔獣は魔獣というわけね。
「だから聞いたことのない名前ばかりなんですね」
ルイゾン様は優雅にカップを置いた。
「そういうことだ。伝説の魔獣まで知っているのは、我々討伐隊か、学者くらいだよ」
「伝説の魔獣、他にもいたら知りたいです」
魔獣といえば、見かけたら逃げるもの、くらいにしか思っていなかったのだ。新たな一面に興味を惹かれる。
「魔草の次は魔獣か?」
からかうように言われたが、ルイゾン様の目元には笑みが残っている。
「そうだな、銀夜鹿(ニュイセール)、白骨鷲(オセーグル)、翠大鯰(ヴェルリュ)あたりも伝説の魔獣だ」
不思議な響きのそれらを胸の内で繰り返した。
「どれも聞いたことがありませんわ」
ルイゾン様は、記憶を探るように宙を見つめる。
「銀夜鹿は、星を喰らうという伝承がある。夜道を歩いているのを目撃した人の話では、たとえ満月の夜でもスウッと暗くなるらしい。私も実物は見たことはないがね」
――なんだかロマンチック……。
歩きながら星の光を消していく銀夜鹿を想像した私は、さらに尋ねた。
「白骨鷲と翠大鯰にはどんな伝承があるのですか?」
視線を戻してルイゾン様は続ける。
「白骨鷲は、生きた記憶をついばむらしい」
「めちゃくちゃ怖いですね!?」
思わず叫んでしまったが、ルイゾン様はピンと来ない様子だ。
「素敵ですわ……」
「本当ですね」
――そうなの!?
私はごまかすようにお茶を飲み干す。
マリヴォンヌが気を利かせて、すかさずおかわりを淹れたが、その瞬間だけピエリックが不自然に固まったのが気になった。さっきまでと大違いだ。だが、ルイゾン様がなにも言わない以上、私も触れられない。
ピエリックがマリヴォンヌと親密になろうとしていることは、薄々気が付いていた。私が見る限り、マリヴォンヌは特別な感情を抱いていないようだが、ふたりで本屋に行くなど少しずつ距離が縮まってきているように思えていたのだけれど。
――あまり首を突っ込んでもよくないだろうし、難しいわ。
マリヴォンヌの女主人としてどう振る舞うべきか悩み始めた私に、ルイゾン様が思い出したように口を開く。
「そういえば、今回、珍しい魔獣を目撃したよ」
「まあ、どんなのですか?」
「紅彗狐(ルージュナール)だ。滅多に人前に姿を現さない魔獣なのだが、街道の外れに一匹だけで佇(たたず)んでいた」
「紅彗狐……ですか?」
確かに聞いたことがない。ルイゾン様はカップを持ち上げたまま答えた。
「ああ。真っ赤な体毛に赤い瞳、燃え盛る炎のように長くて大きな尻尾。間違いない。伝説の魔獣紅彗狐だ」
――伝説の魔獣?
私の疑問に答えるように、ルイゾン様が説明する。
「目撃例が極端に少ない上に、不思議な伝承が残っている魔獣をそう呼ぶんだ。確か、紅彗狐は百年以上、人前に姿を見せていない」
――百年!
私は目を見開いた。
テーブルの向こうで、ピエリックが肩を落とす。
「すごいですよね。俺も見たかったです」
「あら、ピエリックは見ていないの?」
「はい。ちょうど反対側に偵察に行っていたんですよ。次現れるのは百年後ですかね」
ルイゾン様が思い出したように言った。
「そういえば、雨貂(プリュト)が現れた時もお前は違うところを守っていたな」
「そう! そうなんです! いつも間が悪いんです!」
「雨貂も伝説の魔獣なんですか?」
聞き慣れない名前に首を傾げると、ルイゾン様はカップを置いて頷く。
「ああ。臆病で、滅多に姿を見せなくてね。『雨上がりに足跡だけを残す』とも言われている」
よほど人の気配に敏感なのだろう。小さな足跡を想像して、頬が緩んだ。
「なんだか、かわいらしいです」
「そうだな。雨貂なら大人しいし、いつかジュリアにも見せてあげたいよ」
「楽しみです!」
魔獣に変わりはないのだから油断してはいけないと思いつつ、ついそう答える。
「俺も見たいです」
ピエリックがボソッと呟いたが、ルイゾン様は微笑みながら二杯目のお茶に口を付けただけだった。
「でも、そんなにかわいらしい伝承なのに、知られていないのはなぜですか?」
今ちょっと聞いただけでも愛らしいのに、貴婦人たちの話題になっていないのが不思議だった。
湯気の向こうで、ルイゾン様の目が柔らかく細められる。
「そうだな。やはり、頻繁に現れて人を襲う魔獣の方が話題になるんだろう」
――なるほど。かわいらしくても魔獣は魔獣というわけね。
「だから聞いたことのない名前ばかりなんですね」
ルイゾン様は優雅にカップを置いた。
「そういうことだ。伝説の魔獣まで知っているのは、我々討伐隊か、学者くらいだよ」
「伝説の魔獣、他にもいたら知りたいです」
魔獣といえば、見かけたら逃げるもの、くらいにしか思っていなかったのだ。新たな一面に興味を惹かれる。
「魔草の次は魔獣か?」
からかうように言われたが、ルイゾン様の目元には笑みが残っている。
「そうだな、銀夜鹿(ニュイセール)、白骨鷲(オセーグル)、翠大鯰(ヴェルリュ)あたりも伝説の魔獣だ」
不思議な響きのそれらを胸の内で繰り返した。
「どれも聞いたことがありませんわ」
ルイゾン様は、記憶を探るように宙を見つめる。
「銀夜鹿は、星を喰らうという伝承がある。夜道を歩いているのを目撃した人の話では、たとえ満月の夜でもスウッと暗くなるらしい。私も実物は見たことはないがね」
――なんだかロマンチック……。
歩きながら星の光を消していく銀夜鹿を想像した私は、さらに尋ねた。
「白骨鷲と翠大鯰にはどんな伝承があるのですか?」
視線を戻してルイゾン様は続ける。
「白骨鷲は、生きた記憶をついばむらしい」
「めちゃくちゃ怖いですね!?」
思わず叫んでしまったが、ルイゾン様はピンと来ない様子だ。