双子王子の継母になりまして ~嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~5
「そんなに怖いか?」

 ピエリックが口を挟む。

「怖いに決まってますよ! 確実に頭を狙ってきそうじゃないですか!」

 ――そこ!? いえ、確かに頭を狙われるのは怖いけれど!

 ルイゾン様が考え込むような声を出した。

「一理あるな。羽根が弱点と聞いていたから、襲われる前に倒すことしか考えてなかった。頭を守る方が先決かもしれない」

 ――魔獣討伐に慣れているからこその発想かしら……。

 気を取り直し、次の質問に移る。

「翠大鯰も怖い伝承があるのですか?」
「翠大鯰はそれほど怖くない」

 半信半疑で聞いていると、ルイゾン様は穏やかな声で付け足した。

「というのも、翠大鯰は普段、ずっと眠っているんだ。だから目撃例が少ない」

 それなら危険も少なそうだ。

「どこに眠っているんですか?」

 ルイゾン様はその大きさを示すように両手を広げた。

「湖や沼の奥の奥に棲んでいる。眠りながら大地を支えているんだが、空腹になると浮上し、目に入るものすべてを丸呑みするんだ」
「大地を支える? 丸呑み?」

 規模の大きさに思わず繰り返す。ピエリックが笑顔で補足した。

「寝返りを打つと、水が溢れて湖が枯れるらしいですよ」

 ――どれだけ大きいの!?

 ルイゾン様も頷く。

「長い年月を湖底で眠るうちに、巨体が苔(こけ)で覆われるのが名前の由来だ。口の中は真っ赤らしいが」
「どうして、怖い部分が綺(き)麗(れい)に省かれた名前になっているんですか!?」
「怖いか?」
「怖いですよ!」

 穏やかな湖畔だと思って寛いでいるところに、翠大鯰が真っ赤な口を開けて近くまで迫ってくる。体表が緑色なのは、ギリギリまで存在を隠す保護色なのだ。

「湖には近寄らないようにします……」

 心からそう言うと、ルイゾン様が笑った。

「大丈夫だ。伝説の魔獣だろうがなんだろうが、ジュリアが危険な目に遭わないように私が守る」

 率直な言葉に息が止まる。頬が熱くなるのを感じながらなんとかお礼を口にした。

「あ、ありがとうございます……」
「礼なんて必要ない」

 ルイゾン様は私の手を握ろうと手を伸ばしたが、照れに負けた私はとっさに話題を変える。

「あの! それで先ほどの紅彗狐にはどんな伝承があるんですか!」

 ルイゾン様はふっと息だけで笑い、手を引いた。

「それがはっきりしないんだ」
「伝説の魔獣なのに?」
「そうなんだ。だから、紅彗狐など実在しないと主張する学者もいる」

 ――そんなこともあるのね。

 ルイゾン様は、記憶の中の紅彗狐を探すように天井を見上げた。

「だが、この目で見て確信した。あの赤い目に宿る知性。あれは紅彗狐だ」
「知性、ですか?」
「ああ、それが唯一の伝承かもしれない。すぐに立ち去ってしまったのが残念だ」

 背筋がぞくりとした。

 今でも手に負えないのに、知性まで魔獣に加わったら――。

「あの……」

 今まで黙って話を聞いていたマリヴォンヌがポロッと呟いた。

「……紅彗狐は、災厄の象徴だと聞いたことがあります」

 皆が一斉にマリヴォンヌに注目する。マリヴォンヌは、慌てたように弁明した。

「口を挟んで申し訳ありません……! 実家でよく聞いていたので、つい」

 マリヴォンヌの実家といえば、マニュス伯爵家だ。

 赤毛至上主義の家門なのだが、紅彗狐についてよく話すほど詳しいとは意外だった。

 ルイゾン様も同じ疑問を抱いたようで、マリヴォンヌに尋ねる。

「どんな災厄の象徴なのだ?」

 マリヴォンヌは、緊張を隠すようにゆっくりと話し出した。

「いえ、具体的にどう、というのではないのです。ただ、姿を見せると悪いことが起きる、と聞かされて育ちました。なにしろ、極端なくらい赤毛贔屓な家門ですから、魔獣なのに見事な赤毛であることが許せなかったのではないでしょうか」

 ――あり得そうだわ。

『髪色が魔力の系統を表す』と言われているこの国では、ほとんどの人が攻撃魔法の赤系か、防御魔法の茶系の髪色をしている。

 例外は三つだけ。

 ルイゾン様の『王族の金髪』と、私の『悪魔の黒髪』、そして、双子王子たちの銀髪だ。

 特に忌み嫌われているのが黒髪だ。金髪と黒髪の持ち主は特殊能力を持っていることが多いのだが、歴代の黒髪の主がことごとく悪用したため、黒髪というだけで嫌われるようになった。

 反対に、人々から尊敬されているのが金髪だ。

 建国神話に出てくる金髪の聖女様が勇者と結婚し、その子孫が王族だと言われている。

 だが、赤毛至上主義の人たちは、その『王族の金髪』ですら見下すことがあるという。それほど見事な赤毛の魔獣がいたら、敵視するかもしれない。

「曖昧なことを申し上げました」

 普段より丁寧な所作で頭を下げるマリヴォンヌに、私は笑いかけた。

「いいのよ。興味深かったわ」

 ルイゾン様も感心したように頷いている。

「私もだ」
「俺も、初めて聞くことでおもしろかったです」

 そう答えるピエリックだけが、表情にどこか陰があった。だがそれも、ルイゾン様が立ち上がったことで消える。

「さて、そろそろレスターのところに行くか。せっかく戻ったのに、怒られるとは解せないが」
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