あえかなる君へ 心からの愛を
そんなある日、乙葉は昼休みに社員食堂へ行き、トレイに日替わりランチを載せて空席を探していた。
(ちょっと出足が遅くなっちゃったから、混んでるなあ)
そう思いながら辺りを見渡していると、横長のテーブルを挟んで五人ずつが向かい合っているグループが目についた。
一番端に小森もいる。
てっきり話が弾んでいるそのグループと一緒なのかと思いきや、どうやら一人らしい。
意外に思っていると小森が顔を上げて乙葉を見つけ、「乙葉さーん!」と大きな声で呼ぶ。
おいでおいでと手招きされて、乙葉は苦笑いしながら近づいた。
「お疲れさま、小森ちゃん」
「お疲れさまです、乙葉さん。さ、ここどうぞ」
促されて向かいの席に座る。
「いいの? 小森ちゃん、誰かと一緒に食べてるんじゃないの?」
「私、いつも一人ですよ」
「そうなんだ。私も」
「一人って気楽でいいですよね」
そう言うと小森は身を乗り出して声をひそめた。
「ね、すぐ横で話が盛り上がってる十人のグループいるじゃないですか。あれ、本当に楽しいって思ってるのはせいぜい四人くらいですよ。あとの人は、『あー、早くメイク直したい』とか『彼に電話かけたい』とか思ってますって」
言われて乙葉は思わず吹き出しそうになる。
「そもそも十人でしゃべっても、端っこの人は声聞こえませんって。ねえ?」
「ふふっ、確かに」
顔を見合わせて笑うと、小森はデザートのプリンをすくいながらさらりと続けた。
「私、女子校だったんですけど、高二のクラス替えで急にハブられて不登校になったんです」
突然の話題に乙葉は思わず手を止める。
小森はどうってことないとばかりに笑顔で話を続けた。
「毎日うちにいて、暇だなーってスマホいじってて。そしたら平日の昼間にSNSを更新する女の子がいたんです。アリスって名前で私より一つ年上の子だから高三のはずなのに、いつも平日の昼間に【今日のお気に入り】って見出しでイラストをポンッと載せるんですよね。ひなたぼっこしてる猫、道端に咲いたたんぽぽ、電線に並んだすずめ、シュワシュワのきれいな青いソーダ水……。そんな他愛のないものなんですけど、それを見るのが私の日課になりました。だんだんこの子と波長が合うなって感じるようになって、思い切ってDM送ってみたんです。【こんにちは。不登校でゴロゴロしながらあなたの投稿を毎日楽しみにしています】って。そしたら返事がきて【私も不登校です。毎日暇だよね】って。そこからメッセージをやり取りするようになりました。アリスちゃんが言うんです、嫌なことは考えないで自分の周りをお気に入りのもので埋め尽くせばいいよって」
「嫌なことは考えないで、お気に入りのもので埋め尽くす?」
「そう。だから私もノートに好きなものばかり思いつくまま描きました。夕暮れ時のきれいな空とか、巣の中でお母さんを待つ小さなつばめたち、雨の日の女の子の長靴。アリスちゃんに送って、可愛いねって返事がきたら嬉しくて。お気に入りを探しに近所を散歩するようになりました。それが意外に楽しいんですよ。アリスちゃんに見てもらおうって一生懸命イラスト描いて、気づけばノートも二冊目三冊目になって。一年が経って高三になった時、気が向いて学校にも行ってみたんですよね。校門とか体育館とか階段とか、なんかエモいなあって思いながらイラスト描いてたから、ハブられてることもすっかり忘れてて。ふふっ、変な話ですよね。逆に一人の時間がたっぷりあってよかったです」
それは嘘偽りない本音なのだろう。小森の笑顔に、乙葉も頬を緩める。
「高校を卒業して大学に行って、友だちができたらいつの間にかアリスちゃんにメッセージを送らなくなってしまって。大学三年生で将来の進路に悩んだ時、ふと思い出してアリスちゃんのSNSを見ようとしたらアカウントがなくなってました。どうしよう、なんてことをしてしまったんだろうって、すごく後悔しました。どん底にいた私をすくい上げてくれたアリスちゃんを、私はお礼も言わずに忘れ去ってしまったなんてって。だけどそれから色んな人のSNSを見ている時にふと気づいたんです。この人アリスちゃんだ! って。名前は変わっていたけど絶対そうだと思ってDMを送りました。そしたら【久しぶり! 元気そうでよかった。どうしてるかなって心配してたんだよ】って返事がきて、泣きそうになりました。【私のことは忘れてくれていいんだよ。それが今の生活が幸せってことならね。でも心が寂しい時はいつでも声かけてね】って。それがあーみゃちゃんなんです」
乙葉は目を見開いて言葉を失う。
「ふふっ、驚きました? でもそうでなければ入社二年目のペーペーの私が、こんな大きな企画に携わることなんてできませんから。あーみゃちゃんのおかげで高校生の私が救われて、大学生の私は勇気をもらえて、この会社にも強気で挑んで採用してもらえました。あーみゃちゃんとコラボしてグッズを作ろうってなったら、もう無敵! 根拠のない自信がふつふつと湧いてきて、絶対楽しいよねーって盛り上がって。おかげで今も毎日充実してます」
そう言って笑う小森は、キラキラと輝いて見えた。
(ちょっと出足が遅くなっちゃったから、混んでるなあ)
そう思いながら辺りを見渡していると、横長のテーブルを挟んで五人ずつが向かい合っているグループが目についた。
一番端に小森もいる。
てっきり話が弾んでいるそのグループと一緒なのかと思いきや、どうやら一人らしい。
意外に思っていると小森が顔を上げて乙葉を見つけ、「乙葉さーん!」と大きな声で呼ぶ。
おいでおいでと手招きされて、乙葉は苦笑いしながら近づいた。
「お疲れさま、小森ちゃん」
「お疲れさまです、乙葉さん。さ、ここどうぞ」
促されて向かいの席に座る。
「いいの? 小森ちゃん、誰かと一緒に食べてるんじゃないの?」
「私、いつも一人ですよ」
「そうなんだ。私も」
「一人って気楽でいいですよね」
そう言うと小森は身を乗り出して声をひそめた。
「ね、すぐ横で話が盛り上がってる十人のグループいるじゃないですか。あれ、本当に楽しいって思ってるのはせいぜい四人くらいですよ。あとの人は、『あー、早くメイク直したい』とか『彼に電話かけたい』とか思ってますって」
言われて乙葉は思わず吹き出しそうになる。
「そもそも十人でしゃべっても、端っこの人は声聞こえませんって。ねえ?」
「ふふっ、確かに」
顔を見合わせて笑うと、小森はデザートのプリンをすくいながらさらりと続けた。
「私、女子校だったんですけど、高二のクラス替えで急にハブられて不登校になったんです」
突然の話題に乙葉は思わず手を止める。
小森はどうってことないとばかりに笑顔で話を続けた。
「毎日うちにいて、暇だなーってスマホいじってて。そしたら平日の昼間にSNSを更新する女の子がいたんです。アリスって名前で私より一つ年上の子だから高三のはずなのに、いつも平日の昼間に【今日のお気に入り】って見出しでイラストをポンッと載せるんですよね。ひなたぼっこしてる猫、道端に咲いたたんぽぽ、電線に並んだすずめ、シュワシュワのきれいな青いソーダ水……。そんな他愛のないものなんですけど、それを見るのが私の日課になりました。だんだんこの子と波長が合うなって感じるようになって、思い切ってDM送ってみたんです。【こんにちは。不登校でゴロゴロしながらあなたの投稿を毎日楽しみにしています】って。そしたら返事がきて【私も不登校です。毎日暇だよね】って。そこからメッセージをやり取りするようになりました。アリスちゃんが言うんです、嫌なことは考えないで自分の周りをお気に入りのもので埋め尽くせばいいよって」
「嫌なことは考えないで、お気に入りのもので埋め尽くす?」
「そう。だから私もノートに好きなものばかり思いつくまま描きました。夕暮れ時のきれいな空とか、巣の中でお母さんを待つ小さなつばめたち、雨の日の女の子の長靴。アリスちゃんに送って、可愛いねって返事がきたら嬉しくて。お気に入りを探しに近所を散歩するようになりました。それが意外に楽しいんですよ。アリスちゃんに見てもらおうって一生懸命イラスト描いて、気づけばノートも二冊目三冊目になって。一年が経って高三になった時、気が向いて学校にも行ってみたんですよね。校門とか体育館とか階段とか、なんかエモいなあって思いながらイラスト描いてたから、ハブられてることもすっかり忘れてて。ふふっ、変な話ですよね。逆に一人の時間がたっぷりあってよかったです」
それは嘘偽りない本音なのだろう。小森の笑顔に、乙葉も頬を緩める。
「高校を卒業して大学に行って、友だちができたらいつの間にかアリスちゃんにメッセージを送らなくなってしまって。大学三年生で将来の進路に悩んだ時、ふと思い出してアリスちゃんのSNSを見ようとしたらアカウントがなくなってました。どうしよう、なんてことをしてしまったんだろうって、すごく後悔しました。どん底にいた私をすくい上げてくれたアリスちゃんを、私はお礼も言わずに忘れ去ってしまったなんてって。だけどそれから色んな人のSNSを見ている時にふと気づいたんです。この人アリスちゃんだ! って。名前は変わっていたけど絶対そうだと思ってDMを送りました。そしたら【久しぶり! 元気そうでよかった。どうしてるかなって心配してたんだよ】って返事がきて、泣きそうになりました。【私のことは忘れてくれていいんだよ。それが今の生活が幸せってことならね。でも心が寂しい時はいつでも声かけてね】って。それがあーみゃちゃんなんです」
乙葉は目を見開いて言葉を失う。
「ふふっ、驚きました? でもそうでなければ入社二年目のペーペーの私が、こんな大きな企画に携わることなんてできませんから。あーみゃちゃんのおかげで高校生の私が救われて、大学生の私は勇気をもらえて、この会社にも強気で挑んで採用してもらえました。あーみゃちゃんとコラボしてグッズを作ろうってなったら、もう無敵! 根拠のない自信がふつふつと湧いてきて、絶対楽しいよねーって盛り上がって。おかげで今も毎日充実してます」
そう言って笑う小森は、キラキラと輝いて見えた。