あえかなる君へ 心からの愛を
思いがけない日に
あまり長居したら迷惑だと、午後四時になると乙葉と柊は立ち上がる。

「紗理奈さん、君島さん、今日はお招きありがとうございました」
「こちらこそ。乙葉ちゃんと柊くんが来てくれて楽しかった。またいつでも遊びに来てね」
「はい。このあともどうぞすてきなイブを。それからご結婚、おめでとうございます」
「ありがとう!」

君島に肩を抱かれて、紗理奈は満面の笑みを浮かべていた。

二人でマンションのエントランスを出ると、柊はスマートフォンを取り出す。

「堀井、今タクシー呼ぶから」
「いいよ。私のうち、大通りを通るんだけど道が渋滞してるみたい。抜け道通ると大回りになるし、料金もかさむから電車で帰るね」
「けど、電車も混んでるぞ」

柊は少し考えてから、タクシーを一台呼んだ。

「俺のマンション、ここから遠くないから車を取りに行く。そのあと堀井のマンションまで送る」
「え、いいの?」
「ああ。どうせ暇だし」

二人でタクシーに乗り、まずは柊のマンションに向かう。
十五分ほどで到着し、そのまま地下の駐車場に下りた。

「森住、こんないいマンションに住んでるんだ。しかも車まで持ってるなんて。お給料いいんだね」
「いや、同じ会社だろうが」
「でも私、こんないい生活できないよ。DX本部はお給料が違うもんね。さすがデラックス」
「だからデラックスじゃないって」
「あはは! そうだったね」

笑いながら乙葉を車の助手席に促し、早速走らせ始める。

「のんびり住宅街を通って行くか」
「うん、お願いします。あ、ねえ森住。紗理奈さんと君島さん、明日婚姻届を提出して週明けにみんなに報告するって言ってたでしょ? 特に結婚パーティーとかはしないみたいだけど、みんなでお祝いの席を設けたらどうかな」

確かに、と柊はハンドルを握りながら頷く。

「じゃあ、紗理奈さんが産休に入る時に、マーケとDX合同でパーティー開くか」
「うん、そうだね。会場、どこがいいかな」
「俺も探すの手伝うよ」
「ありがとう」

その時、閑静な住宅街でクリスマスの装飾を施した家が見えてきて、乙葉は「わあ!」と歓声を上げる。

「きれいね、おうち全体がキラキラしてる。あ、二階の窓にサンタさんがいるよ。ねえ、見て」

肩を叩かれて、「そうだな」と答える。
運転中でちらりとしか見ることができない。

「あのおうち、お庭に大きなモミの木があるよ。すごいね。どこもイルミネーションがきれいだなあ」

乙葉のあまりの喜びように、柊はゆっくり車のスピードを落とした。

「見て! あそこの門の陰からひょっこり雪だるまとトナカイさんが顔を覗かせてる。あ、反対側にサンタさんもいた! 可愛いねえ」

柊はそんな乙葉の横顔を見て、可愛いなと目を細める。

「堀井、このあと何か予定ある?」
「ん? 何もないよ。どうして?」
「いや。もう少し暗くなったらイルミネーションのきれいな大通りを走ろうかと思って。そのあと丘の上に行かないか? テーマパークの花火が見えるから」
「そうなの? すてき!」

乙葉は早くも目を輝かせる。

「じゃあ、のんびりドライブするか?」
「うん! ありがとう、楽しみ」

柊が混んでいる大通りを避けながら住宅街を走ると、乙葉はそれぞれの家の飾りつけを見つけて喜んでいる。

「季節の行事をこんなふうに楽しむって、いいね。私、これまで何もしてこなかったけど、これからは一つ一つちょっとした飾りや食べ物で楽しもうかな。そうすればありふれた日常が豊かになる気がするね」
「ああ、そうだな」

会社では気を張って、告白されても断り、たった一人で毎日を生きてきた乙葉。
雷の夜も、恋人たちがデートに出かける週末も、一人暮らしの部屋でたった一人。
本当は誰よりも、恋人に抱きしめられる温もりを求めていたに違いないのに。
あと三ヶ月で紗理奈が産休に入れば、乙葉はどんなに心許なくなるだろう。
そう考えると胸が痛んだ。

せめて今夜だけでも、明るく楽しい夜を過ごさせてやりたい。
やがて車は住宅街を抜け、イルミネーションがきれいな六本木のけやき坂に出た。

「堀井、見て」
「わあ、すごい」

道を曲がった次の瞬間、目の前に広がる白と青の洗練された光の世界に、乙葉は両手を組んでうっとりした。

「なんてきれいなの。光の国ね」
「東京タワーもあそこに見えるよ」
「本当だ、すてき」

次は表参道に向かい、両側からせり出すシャンパンゴールドの並木道を走る。

「すごい。降り注ぐ光のシャワーの中を進んでるみたいね」

道が混んでいてゆっくりとしか進めないが、かえってじっくり眺められてよかった。
最後にまた住宅地に入り、小高い丘の上を目指す。
時刻は午後六時半を過ぎていた。

「堀井、夕食どうする?」
「んー、そうだな。コンビニで何か買って車の中で食べない?」
「え、そんなんでいいのかよ?」
「だめ?」
「いや俺はいいけど。クリスマスイブなのに」
「ああ、若い女の子はってこと? 大丈夫、私はこういう方が好きだから。でも森住は今度彼女ができたら、ちゃんと前もって素敵なレストランを予約してあげるんだよ?」

茶目っ気たっぷりに言われて、柊は何も言えなくなる。
途中のコンビニに立ち寄ると、乙葉は肉まんとおでん、チキンとポテトを買った。
コーヒーマシンで温かいカフェオレを買って車に戻る。

「なんだかすごいごちそうだね」

ふふっと笑う乙葉の笑顔になぜだか見とれてしまった。
食べ終えると再び住宅街を走り、小高い丘にのぼる。
展望広場に車を停めると、眼下に街の明かりが見下ろせた。

「森住、こんな場所よく知ってたね」
「ああ。ドライブするのが好きだから、気ままに走ってて見つけた」
「そうなんだ。周りも静かで穴場だね。彼女とのデートで使ってたの?」
「いや、連れて来たことない」
「どうして?」
「こういうの、好きじゃない子だったから」 

今までつき合った子は皆、街のおしゃれなレストランや夜景のきれいなホテルに行きたいと言い、もし黙ってここに連れて来たら嫌がっただろう。
けれど乙葉なら喜んでくれるに違いないと思えた。

「ここは辺りが暗いから、星がとってもきれいだね」
「そうだな。花火、あと三分で上がるよ」
「本当? じゃあ車から降りて見てもいい?」
「いいけど、寒いぞ?」
「大丈夫!」

乙葉は笑って車から降りる。

「わあー、寒い」
「ほら見ろ。戻るか?」
「戻らなーい」

無邪気な笑顔は、心から楽しんでいるのがわかった。
その時、ヒューとかすかな音が聞こえたかと思うと、ドン!と夜空に大きな花火が浮かび上がる。

「あ、花火! すごいね、よく見える。きれいだなあ」

次々と打ち上がる花火は、赤や緑のクリスマスカラーで、時折黄色いベルやサンタの顔も描かれていた。

「次は何かなー。あっ、クリスマスツリーだ! ね、今のそうよね?」

子どものようにはしゃいで、乙葉は柊の袖を掴むと顔を覗き込んでくる。

「ああ、そうだな」

柊は花火よりも乙葉に目がいってしまった。
すると乙葉がくしゅんとくしゃみをする。
柊は着ていたコートを脱いで乙葉に羽織らせた。

「これ着てろ」
「でも森住が……」
「いいから着てろ」
「うん、ありがと」

やがて華やかなクライマックスになり、花火がたたみかけるように鮮やかに打ち上がる。

「きれいね、こんなにすてきなクリスマス初めて」

乙葉の優しい声がいつまでも柊の耳に残った。
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