あえかなる君へ 心からの愛を
翌日。
いつもより遅めに起きると、柊は朝食にトーストとコーヒーを飲みながらタブレットを見ていた。
検索エンジンには『メリークリスマス!』の文字が躍り、先ほど乙葉に『十二時頃に着くように行く』とメッセージを送った時はアプリの画面に雪が降っていたっけ。
いつからだろう、自分の誕生日を意識しなくなったのは。
なにせ会う人会う人「メリークリスマス」と声をかけ合うのだ。
恋人とつき合っていた時も、クリスマスは彼女が行きたいところへ行き、食べたいものを食べ、「メリークリスマス」と乾杯し、ねだられたプレゼントを買う日になっていた。
自分から、実は誕生日だと打ち明けたことはない。
この歳になってわざわざ誰かに祝ってもらおうとは思わないが、自分自身でさえ大した日ではないと思うのは、産んでくれた母親に対して悪い気がする。
そんな感じでいつしか誕生日は、自分の中で微妙な日、という認識になっていた。
時計を見ながら支度をし、少し余裕を持って部屋を出る。
乙葉のマンションへは車で二十分ほどの距離だが、やはり道が混んでいて三十分かかった。
(ちょうど十二時だな)
時計を確認してからインターフォンを鳴らすと「はーい」と乙葉の声がした。
「森住、ゲストパーキングわかった?」
「ああ。ちゃんと停められた」
「よかった。今ロック外すからエレベーターで三階まで上がって来て。部屋は右手の突き当りの三〇三号室」
「わかった」
自動ドアを入り、エレベーターで三階に行くと、乙葉が部屋のドアを開けて待っていた。
「いらっしゃい」
今日の乙葉は髪を緩くシニヨンにまとめ、ふわりとした袖のオフホワイトのニットにジーンズを合わせていた。
昨日とは違い、これはこれで似合っている。
「寒かったでしょ。早く入って」
「お邪魔します」
乙葉の部屋はシンプルですっきりしたきれいな部屋だった。
家具はナチュラルブラウンで、カーテンやソファはクリーム色でまとめられている。
「どうぞ、ソファに座ってて。今コーヒー淹れるね」
「サンキュー」
ソファの前のローテーブルには、昨日贈った花がきれいな花瓶に入れて飾られていた。
「それ、とってもいい香りがするの。お花なんて自分で買わないから、嬉しかった」
コーヒーを運んで来た乙葉が花に目をやりながら言う。
「俺も誰かに花を贈ったのなんて初めて。そんなに喜んでもらえるとは思わなかった」
「そうなの? 彼女にはあげなかったの?」
「アクセサリーとかバッグがいいって言ってたし、花屋の前を通っても見向きもしなかったと思う」
「そっか。若い女の子はそうかもね」
「若い女の子って、堀井もだろ?」
「そうだけど……。森住の口癖が移っちゃった」
ふふっと笑ってから、乙葉は時計を見上げる。
「森住、お昼まだでしょ? 先に食べようか」
「ああ、うん」
何も買って来なかったことが急に恥ずかしくなったが、乙葉は気にするふうもなくキッチンに向かう。
「パスタでいいかな? カルボナーラとアラビアータ、半分こしていい?」
「もちろん」
乙葉はてきぱきとパスタを用意し、ローテーブルに運んだ。
「取り皿はこれね、粉チーズはこれ。では、いただきます」
「いただきます」
作りたてのパスタは美味しく、しかももっちり具合がちょうどいい。
「これって、どんな麺使ってるんだ?」
「生麺だよ。カルボナーラはフェットチーネ、アラビアータはリングイネって種類のパスタ」
「へえ、美味しいな」
「そう? よかった」
あっという間に完食し、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
食器をキッチンに運ぼうとすると、乙葉に「いいから、ここにいて」と何やら真剣に言われた。
何だろうと思いながら大人しく言われた通りに待っていると、乙葉が手にホールケーキを持って戻って来た。
「ハッピバースデー トゥ ユー」
「え!?」
乙葉は笑顔で口ずさみながら、ケーキをローテーブルに置く。
「ハッピバースデー ディア 森住。ハッピバースデー トゥ ユー。おめでとう!」
パチパチと拍手され、柊は「ありがとう」と戸惑い気味に答える。
「モンブランのタルトケーキだよ。甘さ控えめにしてあるから」
「え、まさかこれ、堀井の手作り?」
「そう」
乙葉はケーキに長いロウソクを二本、短いロウソクを六本立てた。
「二十六歳のお誕生日おめでとう。はい、ロウソク消して」
「それって、フーって?」
「もちろん」
促されて柊はぎこちなくロウソクを吹き消す。
「おめでとう! 二十六歳もよい一年になりますように」
「……ありがとう」
こんなことは初めてで、どうしていいやらわからない。
乙葉はナイフでそっとケーキを切り分けると、コーヒーと一緒に並べた。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
デザートフォークで口に運ぶと、タルト生地はサクッと、渋皮のマロンペーストはまろやかでコーヒーにもよく合った。
「うん、うまい」
「そう? よかった」
「これが手作りだなんて信じられん」
「私、そういうの苦手そうでしょ?」
「違う、そういう意味じゃない。本当に美味しいし、俺の為に作ってくれたのが何より嬉しくて。クリスマスなのに誕生日ケーキ作らせてごめんな」
乙葉は、ふふふと柔らかく笑う。
「そんなこと気にしないの。誕生日の人はその日一日主役なんだから。ね?」
可愛い笑顔に見とれつつケーキを食べ終えると、乙葉はローテーブルの下の棚から分厚い雑誌を取り出した。
「ね、見て」
「これって、結婚情報誌?」
「そう。さっきスーパーに行ったら売ってたから、ついでに買って来たの。紗理奈さんたちの結婚パーティーによさそうなレストランがたくさん載ってるよ」
「その為にわざわざ買ってくれたのか?」
「それがこれ、たったの三百円なの。しかも、ほら! 付録にミトンがついてるんだよ。すごいでしょ?」
「へえ、そうなのか」
情報誌だから広告料で価格が抑えられるのだろうと思いながら、柊は手渡された雑誌をパラパラとめくってみた。
ウェディングドレスや指輪、ステンドグラスのチャペルなど、自分の知らない世界が広がっている。
「二次会とか貸切りにできるレストランも後ろの方に載ってるよ」
乙葉に言われてページをめくっていた柊は、途中で驚いて手を止めた。
「ほ、堀井!」
「ん? どうしたの?」
「これ、こ、婚姻届じゃないか? まさか、本物?」
ああ、と乙葉は柊の手元を覗き込んで頷く。
「そう、本物の婚姻届だよ。可愛らしいデザインだけどちゃんと受理してもらえるみたい」
「そうなのか。これが……」
思わずまじまじと見つめてしまった。
「すごいよね、今は。真夜中にコンビニでこの雑誌を買って、区役所の時間外窓口に行けばいつでも結婚できるんだね」
「そういうこと? そういうことなのか?」
「あはは! どうしてそんなに動揺してるのよ?」
「だってそんな、結婚なんて人生の一大事だろ? ちょっとコンビニ寄って結婚するか、みたいな?」
「いやいや、婚姻届が手に入りやすくなって便利だねって話よ? 何もコンビニ行ったついでに結婚する訳じゃないんだから」
「そうだけど……」
納得いかないとばかりに言葉を濁すと、乙葉が「へえ」と感心したような口ぶりになる。
「森住、意外とちゃんとしてるんだね。最近はプロポーズとか婚約指輪とか、両親への挨拶も省略するカップルが多いらしいよ」
「お嫁さんもらうのに?」
「やだ、森住の口からそんなセリフが? 『お嫁さん』だって、なんかいいね」
「からかうなよ。俺、結婚したことないからよくわからん」
「私だってそうだよ。でもそういう価値観って大事だろうね。初めてのことだからなおさら、お互いの気持ちが重ならないとうまくいかないんだろうな。恋愛と違って、結婚と子育ては二人で一緒に初めて向き合うものだから」
二人で一緒に初めて向き合う? と柊は乙葉の言葉を噛みしめた。
「そう。あと戻りしないで、手を取り合って前を向いて歩いていく。恋愛なら、自分の気持ちを一番にしたっていい。だけど家庭を築くとなると、それじゃいけないのよね。ああー、そう考えるとますます私、結婚が遠のく気がする。そもそも恋愛だってしたくないのにね。この先もずっと一人で生きてくか!」
明るく笑い飛ばす乙葉に、柊は真剣に「だめだ」と首を振る。
「どうしてよ? なんで森住が反対するの?」
「雷だって鳴るし、おばけが出る日もある。一人でどうするんだ?」
「それはまあ、どうにかするわよ」
「仕事で悩んだり、寂しくなったら?」
「お風呂に入ってさっさと寝る」
「誰かに抱きしめてもらいたくなったら?」
「布団丸めて抱きつく」
アホ! と思わず柊は一蹴した。
「アホとはなによ。まだバカの方がマシよ」
「じゃあバカ!」
「じゃあバカ!? アホのあとにバカはやめてよ」
「なんで素直にならない? 本当は誰かに頼ったりすがりついたり、寂しいって抱きしめてもらいたいのに、どうしてそう自分を抑え込もうとする? 冷め切った心と身体を、お風呂と丸めた布団でどうにかできると思ってるのか?」
「ちょ、何よそれ? お風呂と丸めた布団のことまでバカにしてる? 私にはそれで充分なの。何なら湯たんぽもあるんだから」
まったくもう……と柊は呆れた。
「なんで素直に認めないんだ? せめて自覚し……」
そこまで言って口を閉ざす。
(俺も誰かに同じことを言われた気がする。確か……そう、君島さんだ。『まずはちゃんと自覚しろ、自分が乙葉ちゃんのことどう思ってるのか』って)
すると乙葉が恐る恐る声をかけてきた。
「森住、どうかした? 急に大人しくなって不気味なんだけど」
「いや、うん。もうこの自覚うんぬんの話はやめよう」
「お? 珍しく引き下がったね。私の勝ち?」
「そうじゃな……うん」
そうじゃないと否定しようとしてやめた。
「そうじゃな? あはは! またおじいちゃんが来た。誕生日に一気に老け込んだの?」
「違うが、まあ、よい。ほら、早く会場選ぶぞ」
乙葉はおかしそうに「はーい、おじいちゃん」と返事をした。
いつもより遅めに起きると、柊は朝食にトーストとコーヒーを飲みながらタブレットを見ていた。
検索エンジンには『メリークリスマス!』の文字が躍り、先ほど乙葉に『十二時頃に着くように行く』とメッセージを送った時はアプリの画面に雪が降っていたっけ。
いつからだろう、自分の誕生日を意識しなくなったのは。
なにせ会う人会う人「メリークリスマス」と声をかけ合うのだ。
恋人とつき合っていた時も、クリスマスは彼女が行きたいところへ行き、食べたいものを食べ、「メリークリスマス」と乾杯し、ねだられたプレゼントを買う日になっていた。
自分から、実は誕生日だと打ち明けたことはない。
この歳になってわざわざ誰かに祝ってもらおうとは思わないが、自分自身でさえ大した日ではないと思うのは、産んでくれた母親に対して悪い気がする。
そんな感じでいつしか誕生日は、自分の中で微妙な日、という認識になっていた。
時計を見ながら支度をし、少し余裕を持って部屋を出る。
乙葉のマンションへは車で二十分ほどの距離だが、やはり道が混んでいて三十分かかった。
(ちょうど十二時だな)
時計を確認してからインターフォンを鳴らすと「はーい」と乙葉の声がした。
「森住、ゲストパーキングわかった?」
「ああ。ちゃんと停められた」
「よかった。今ロック外すからエレベーターで三階まで上がって来て。部屋は右手の突き当りの三〇三号室」
「わかった」
自動ドアを入り、エレベーターで三階に行くと、乙葉が部屋のドアを開けて待っていた。
「いらっしゃい」
今日の乙葉は髪を緩くシニヨンにまとめ、ふわりとした袖のオフホワイトのニットにジーンズを合わせていた。
昨日とは違い、これはこれで似合っている。
「寒かったでしょ。早く入って」
「お邪魔します」
乙葉の部屋はシンプルですっきりしたきれいな部屋だった。
家具はナチュラルブラウンで、カーテンやソファはクリーム色でまとめられている。
「どうぞ、ソファに座ってて。今コーヒー淹れるね」
「サンキュー」
ソファの前のローテーブルには、昨日贈った花がきれいな花瓶に入れて飾られていた。
「それ、とってもいい香りがするの。お花なんて自分で買わないから、嬉しかった」
コーヒーを運んで来た乙葉が花に目をやりながら言う。
「俺も誰かに花を贈ったのなんて初めて。そんなに喜んでもらえるとは思わなかった」
「そうなの? 彼女にはあげなかったの?」
「アクセサリーとかバッグがいいって言ってたし、花屋の前を通っても見向きもしなかったと思う」
「そっか。若い女の子はそうかもね」
「若い女の子って、堀井もだろ?」
「そうだけど……。森住の口癖が移っちゃった」
ふふっと笑ってから、乙葉は時計を見上げる。
「森住、お昼まだでしょ? 先に食べようか」
「ああ、うん」
何も買って来なかったことが急に恥ずかしくなったが、乙葉は気にするふうもなくキッチンに向かう。
「パスタでいいかな? カルボナーラとアラビアータ、半分こしていい?」
「もちろん」
乙葉はてきぱきとパスタを用意し、ローテーブルに運んだ。
「取り皿はこれね、粉チーズはこれ。では、いただきます」
「いただきます」
作りたてのパスタは美味しく、しかももっちり具合がちょうどいい。
「これって、どんな麺使ってるんだ?」
「生麺だよ。カルボナーラはフェットチーネ、アラビアータはリングイネって種類のパスタ」
「へえ、美味しいな」
「そう? よかった」
あっという間に完食し、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
食器をキッチンに運ぼうとすると、乙葉に「いいから、ここにいて」と何やら真剣に言われた。
何だろうと思いながら大人しく言われた通りに待っていると、乙葉が手にホールケーキを持って戻って来た。
「ハッピバースデー トゥ ユー」
「え!?」
乙葉は笑顔で口ずさみながら、ケーキをローテーブルに置く。
「ハッピバースデー ディア 森住。ハッピバースデー トゥ ユー。おめでとう!」
パチパチと拍手され、柊は「ありがとう」と戸惑い気味に答える。
「モンブランのタルトケーキだよ。甘さ控えめにしてあるから」
「え、まさかこれ、堀井の手作り?」
「そう」
乙葉はケーキに長いロウソクを二本、短いロウソクを六本立てた。
「二十六歳のお誕生日おめでとう。はい、ロウソク消して」
「それって、フーって?」
「もちろん」
促されて柊はぎこちなくロウソクを吹き消す。
「おめでとう! 二十六歳もよい一年になりますように」
「……ありがとう」
こんなことは初めてで、どうしていいやらわからない。
乙葉はナイフでそっとケーキを切り分けると、コーヒーと一緒に並べた。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
デザートフォークで口に運ぶと、タルト生地はサクッと、渋皮のマロンペーストはまろやかでコーヒーにもよく合った。
「うん、うまい」
「そう? よかった」
「これが手作りだなんて信じられん」
「私、そういうの苦手そうでしょ?」
「違う、そういう意味じゃない。本当に美味しいし、俺の為に作ってくれたのが何より嬉しくて。クリスマスなのに誕生日ケーキ作らせてごめんな」
乙葉は、ふふふと柔らかく笑う。
「そんなこと気にしないの。誕生日の人はその日一日主役なんだから。ね?」
可愛い笑顔に見とれつつケーキを食べ終えると、乙葉はローテーブルの下の棚から分厚い雑誌を取り出した。
「ね、見て」
「これって、結婚情報誌?」
「そう。さっきスーパーに行ったら売ってたから、ついでに買って来たの。紗理奈さんたちの結婚パーティーによさそうなレストランがたくさん載ってるよ」
「その為にわざわざ買ってくれたのか?」
「それがこれ、たったの三百円なの。しかも、ほら! 付録にミトンがついてるんだよ。すごいでしょ?」
「へえ、そうなのか」
情報誌だから広告料で価格が抑えられるのだろうと思いながら、柊は手渡された雑誌をパラパラとめくってみた。
ウェディングドレスや指輪、ステンドグラスのチャペルなど、自分の知らない世界が広がっている。
「二次会とか貸切りにできるレストランも後ろの方に載ってるよ」
乙葉に言われてページをめくっていた柊は、途中で驚いて手を止めた。
「ほ、堀井!」
「ん? どうしたの?」
「これ、こ、婚姻届じゃないか? まさか、本物?」
ああ、と乙葉は柊の手元を覗き込んで頷く。
「そう、本物の婚姻届だよ。可愛らしいデザインだけどちゃんと受理してもらえるみたい」
「そうなのか。これが……」
思わずまじまじと見つめてしまった。
「すごいよね、今は。真夜中にコンビニでこの雑誌を買って、区役所の時間外窓口に行けばいつでも結婚できるんだね」
「そういうこと? そういうことなのか?」
「あはは! どうしてそんなに動揺してるのよ?」
「だってそんな、結婚なんて人生の一大事だろ? ちょっとコンビニ寄って結婚するか、みたいな?」
「いやいや、婚姻届が手に入りやすくなって便利だねって話よ? 何もコンビニ行ったついでに結婚する訳じゃないんだから」
「そうだけど……」
納得いかないとばかりに言葉を濁すと、乙葉が「へえ」と感心したような口ぶりになる。
「森住、意外とちゃんとしてるんだね。最近はプロポーズとか婚約指輪とか、両親への挨拶も省略するカップルが多いらしいよ」
「お嫁さんもらうのに?」
「やだ、森住の口からそんなセリフが? 『お嫁さん』だって、なんかいいね」
「からかうなよ。俺、結婚したことないからよくわからん」
「私だってそうだよ。でもそういう価値観って大事だろうね。初めてのことだからなおさら、お互いの気持ちが重ならないとうまくいかないんだろうな。恋愛と違って、結婚と子育ては二人で一緒に初めて向き合うものだから」
二人で一緒に初めて向き合う? と柊は乙葉の言葉を噛みしめた。
「そう。あと戻りしないで、手を取り合って前を向いて歩いていく。恋愛なら、自分の気持ちを一番にしたっていい。だけど家庭を築くとなると、それじゃいけないのよね。ああー、そう考えるとますます私、結婚が遠のく気がする。そもそも恋愛だってしたくないのにね。この先もずっと一人で生きてくか!」
明るく笑い飛ばす乙葉に、柊は真剣に「だめだ」と首を振る。
「どうしてよ? なんで森住が反対するの?」
「雷だって鳴るし、おばけが出る日もある。一人でどうするんだ?」
「それはまあ、どうにかするわよ」
「仕事で悩んだり、寂しくなったら?」
「お風呂に入ってさっさと寝る」
「誰かに抱きしめてもらいたくなったら?」
「布団丸めて抱きつく」
アホ! と思わず柊は一蹴した。
「アホとはなによ。まだバカの方がマシよ」
「じゃあバカ!」
「じゃあバカ!? アホのあとにバカはやめてよ」
「なんで素直にならない? 本当は誰かに頼ったりすがりついたり、寂しいって抱きしめてもらいたいのに、どうしてそう自分を抑え込もうとする? 冷め切った心と身体を、お風呂と丸めた布団でどうにかできると思ってるのか?」
「ちょ、何よそれ? お風呂と丸めた布団のことまでバカにしてる? 私にはそれで充分なの。何なら湯たんぽもあるんだから」
まったくもう……と柊は呆れた。
「なんで素直に認めないんだ? せめて自覚し……」
そこまで言って口を閉ざす。
(俺も誰かに同じことを言われた気がする。確か……そう、君島さんだ。『まずはちゃんと自覚しろ、自分が乙葉ちゃんのことどう思ってるのか』って)
すると乙葉が恐る恐る声をかけてきた。
「森住、どうかした? 急に大人しくなって不気味なんだけど」
「いや、うん。もうこの自覚うんぬんの話はやめよう」
「お? 珍しく引き下がったね。私の勝ち?」
「そうじゃな……うん」
そうじゃないと否定しようとしてやめた。
「そうじゃな? あはは! またおじいちゃんが来た。誕生日に一気に老け込んだの?」
「違うが、まあ、よい。ほら、早く会場選ぶぞ」
乙葉はおかしそうに「はーい、おじいちゃん」と返事をした。