あえかなる君へ 心からの愛を
ささやかなお返しにと、乙葉がコーヒーショップのドリンクを買い、二人でまたぶらぶらとお店を見て回る。

「そろそろいい時間?」
「そうだな」

約束の時間にレストランに行くと、駒田がにこやかに出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「こんにちは、駒田さん。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ。さあ、どうぞ中へ」

案内されて以前と同じ席に着くと、店内の中央にはクリスマスツリーではなく大きなグランドピアノが置かれていた。

「ピアノの生演奏もあるんですか?」
「ええ。週末のディナーや、サプライズでお誕生日やプロポーズのご相談があった時などに」
「いいですね。すてきな思い出として残るだろうな」

乙葉がうっとりすると、駒田も目を細めて頷く。

「森住さまも、プロポーズの際はぜひ」

柊は「駒田さん、それだとサプライズになりませんよ」と苦笑いする。
先ほどのお店の女性スタッフしかり、確かにそうだと乙葉も思わず笑った。

「そうですよね、失礼しました。ではこっそりと私にお声かけください」
「駒田さん、顔に出ないですか?」
「ちょっと出やすいので、気をつけてます。ご本人よりソワソワしてしまったり」

あはは! と三人で明るく笑ってから打ち合わせを始める。

「では参加人数は七十名ほど、時間は夜七時半から二時間の立食ブッフェプランですね。パーティーではお二人のケーキカットやプロジェクターを使っての動画上映とビンゴ大会。メインテーブルの装花はピンクのイメージで。それから新郎新婦の衣装についてですが、当店と提携しているドレスショップで事前に選んでレンタルすることができます。当日のヘアメイクやブーケも込みのお得なプランですが、いかがでしょう? もちろんご自身のドレスを持ち込んでいただいても持ち込み料は発生しません」
「そうなのですね、お二人に確認してまたご連絡差し上げます」
「かしこまりました」

細々した点についても質問させてもらい、打ち合わせは終了。
そのまま二人はここで昼食を取ることにした。

「前回はお店のご厚意で無料にしてもらったもんね。今回はちゃんと売り上げに貢献しよう」
「そうだな」

そう言って一番ボリュームのあるコース料理をオーダーした。

「ごめんね、今回も森住に運転してもらったからノンアルコールになっちゃって」
「いいよ。また別の機会に来よう」
「そうだね」

二人でノンアルコールワインで乾杯し、美味しいランチコースを味わう。

「ランチでもこんなに贅沢なんだね。ディナーとはまた違って前菜とかサラダやスープが凝ってる。お魚料理も美味しいね」
「ああ。パンも焼き立てで香りもいいな」
「ううっ、食べ過ぎてお腹が苦しい。パンのおかわり自由って、ある意味罪よね」
「ははは、何だよそれ」

その時、どこからともなくピアノの音色がポロンと聴こえてきた。
最初はただ音が戯れているかのようだったその音色が、やがて一つのメロディーを紡ぎ始める。

(えっ、これって……)

乙葉は驚いてピアノを振り返った。
ゆったりと奏でられるのは『ハッピーバースデー』の曲。
随所にキラキラと音で飾られ、ゴージャスに響く演奏にうっとりしていると、駒田たちスタッフが笑顔でプレートを運んで来た。

「お誕生日おめでとうございます」

そう言って乙葉の前に、デザートも盛り合わせをサーブする。
オレンジソースで『Happy Birthday! OTOHA』とおしゃれな字体で書かれていた。

「うそ、これって……」
「サプライズ、大成功でございます」

駒田が満面の笑みを浮かべて柊と顔を見合わせる。

「森住、いつの間に?」
「ん? さあね。ほら、ロウソク早くフーして」
「あ、うん」

乙葉がロウソクを一気に吹き消すと、スタッフが一斉に拍手した。

「おめでとうございます」
「ありがとうございます」

他のテーブルからも拍手を送られ、乙葉は恥ずかしいやら嬉しいやらで身を縮こめた。

「森住、もうほんとにびっくりした」

ようやく落ち着いて美味しいデザートを味わいながらそう言うと、柊は「そうか?」と軽く答える。

「あれだけ星のお店の女の子も駒田さんも露骨に『サプライズ』って言うから、てっきり期待してるかと思った」
「する訳ないよ。こんなのドラマでしか見たことないし」
「自分だって俺に仕掛けておいて何を言う」
「する方はいいけど、される方はびっくりするよ」
「当たり前だろ、それがサプライズだ」
「そうか、あはは!」

納得して笑っていると、ふいに柊が小さな箱を取り出した。

「はい」
「はいって、何これ?」
「誕生日祝っておいて、プレゼントなしってことはないだろう。ほら、早く受け取れ」
「え、でもこれ……」

乙葉でも知っている高級ジュエリーショップのロゴが見えて、思わず躊躇した。

「そんな、彼女でもないのにこんな高価なもの……」
「いいからとにかく受け取れ。周りの視線が痛い」

ふと顔を上げると、さりげなく皆が注目しているのを感じた。
どうやら柊がフラれるのではないかと心配しているらしい。

「うん、わかった。ありがとう」

乙葉が両手でそっと箱を受け取ると、パチパチと拍手が起こる。
「よかったぁ」と呟く女の子の声も聞こえてきた。

乙葉は戸惑いつつ小さく頭を下げてから、柊に顔を寄せて尋ねる。

「ね、ここで開けてもいい?」
「ああ。できればオーバーリアクション頼む」
「変な物入れてるの? 箱だけブランドショップで中身は百円ショップのびっくり箱とか?」
「アホ! さすがにそんなことするかよ」

それなら、と乙葉はそっと箱のフタを開ける。
再び周りの視線が集中するのを感じた。
中に入っていたのは、パールホワイトのジュエリーケース。

「森住、これって……」
「大丈夫、バネでびよーんって飛び出たりしないから」
「それはそうだけど、まさか本当にこのブランドの?」

意を決してケースを開けると、乙葉は息を呑んで目を見開く。

「なんてきれい……」

そこには、美しい曲線を描く二枚のリーフに輝く白い真珠が添えられたピンブローチが入っていた。
デザインといい、この輝きといい、最高級の品だということはおのずと伝わってくる。

「森住、まさかこんな……。これを私に?」

信じられないとばかりに視線を上げると、柊は優しく微笑んだ。

「乙葉の葉に、真珠星のスピカ。な? 堀井にぴったりだろ?」

そう言われてついに乙葉の目から涙がこぼれ落ちる。

「ちょ、おい、泣くほどのことかよ?」
「うん、だって、嬉しくて……。本当に嬉しい。ありがとう、森住」

指先で拭っても、あとからあとから涙があふれた。
柊が右腕を伸ばしてそっと乙葉の頭をなでる。

「おめでとう、お幸せに」

どこからともなくそんな声が聞こえてきて、また温かい拍手に包まれる。
乙葉は胸がジンとするのを感じながら、泣き笑いの表情で柊を見つめた。
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