あえかなる君へ 心からの愛を
翌朝、ぼんやりと意識が浮上するのを感じて、乙葉はしばらくその気だるさに身を任せた。

(いつもよりよく眠れたな。なんだかひと肌があったかくて心地よくて……って、え?)

パチッと目を開けるとすぐそこに柊の顔が迫っていて、乙葉は言葉もなく息を呑んだ。

(な、な、なんで!?)

柊は長いまつ毛を伏せて、スーッと気持ちよさそうに眠っている。
乙葉は必死で気持ちを落ち着かせながら頭をフル回転させた。

(えっと、そうだ。夕べゲリラ豪雨のせいで森住と同じ部屋に泊まることになって、雷が怖くてヤケになってお酒を飲んで……)

普段飲み慣れないせいで、すぐに酔いつぶれてしまったのだろう。
それはいい。よくはないが、今はいい。
問題はこの状況だ。
自分は今、同じベッドの上で柊に抱きついている。しかも左足を柊の身体の上に回してガシッとホールドしているではないか。
恐らく雷が怖くて無意識のうちにしがみついていたのだろう。

(とにかく離れよう。起こさないようにそうっと……)

左足を下ろしてからじわじわと身体を離すと、柊が「ん……」と身じろぎして腕を伸ばし、ギュッと乙葉を抱き寄せた。

(ひいー! ちょちょちょっと!)

本当に眠っているのかと疑わしくなるほどの力で抱きしめられ、乙葉は身動きが取れなくなる。
柊はそんな乙葉の頭を抱きかかえると、ポンポンと優しくなで始めた。

(あ、これ……)

乙葉の中で感覚が蘇る。
ひと晩中こんなふうに抱きしめられ、「大丈夫だ」と言われながら大きな手のひらでトントンと頭をなでられて気持ちが落ち着いたことを。

(あー、恥ずかしい。堀井乙葉、一生の不覚。まさか同期の森住にこんなこと……)

するとゆっくり柊が目を開き、色気の漂う眼差しで乙葉をとらえる。

「おはよ……」

少しかすれた声で無防備に微笑みかけられ、乙葉は思わず真っ赤になった。

「お、おはよう。あの、昨日はごめんなさい」
「ん? なにが?」
「色々、子どもじみたことで騒いでご迷惑を……」
「ああ、雷が怖い乙葉ちゃん? なかなかお目にかかれない姿だったな」

いつものようにニヤリと笑われ、乙葉も調子を取り戻す。

「怖いものは怖いんだから仕方ないでしょ? 迷惑をかけたことは謝るけど、だからって節度は守ってほしいわ。せめてもっと離れて寝るとか、そういうマナーや心遣いはしていただけなかったのかしら?」
「おいおい、自分のことを棚に上げすぎだろ。そっちがしがみついてきたんだぞ? おまけにプロレス技みたいにがっちりホールドするもんだから、首が絞まりそうになってさ。ギブギブってタップして振り解くのに必死だったんだからな」
「えっ、そうだったの? ごめん」

それなら優しくトントンされたのも、やめろという意味のタップだったのだろうか?
そう思っていると、再び柊はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

「けど、『乙葉ちゃん、大丈夫だよ』って優しく頭をなでたら『うん』って急に大人しくなんの。『一緒にいてね、離れないでね』って可愛い声でさ。俺、思わず吹き出したよ。動画撮りたかったけど、腕を解くと『やだ、だめ!』って抱きついてくんの。あー、証拠残しておきたかったな。あとあと揺するネタにできたのにな」

乙葉はムーッと頬を膨らませて起き上がり、ベッドから下りて柊を睨む。

「この、ろくでなし! 森住にはジェントルマンの精神が欠片もないのね。いい? 会社でそんなこと絶対に言わないでよ?」
「えー、言いたい」
「だめ!」

すると柊は横になったまま片腕で自分の頭を支えて乙葉を見上げた。

「じゃあ見返りになんかちょうだい」
「……なんかって、何?」
「んー、考えておく。お願いごとでもいいな」

何やら考え始めた柊に、乙葉はこれ以上ここにいてはロクなことにならないと背を向ける。
時計を見ると六時を少し過ぎたところだった。

「私、一度帰って着替えてから出社するから」
「それならタクシーで送るよ」
「結構です!」

バスルームで着替えると身支度を軽く整え、乙葉は柊を残したままホテルの部屋をあとにした。
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