あえかなる君へ 心からの愛を
仕事の仲間
「おはようございます」
一人暮らしのワンルームマンションで着替え、朝食を食べてから出社すると、隣の席の五歳年上の先輩、紗理奈に挨拶する。
「おはよう、乙葉ちゃん。昨日は無事に帰れた?」
「ええ、まあ、なんとか」
あいまいに笑って席に着く。
「そう、よかった。ごめんね、プレスリリースの修正任せちゃって」
「いえ。いつも紗理奈さんに頼ってばかりで、この案件は一人でやり遂げたいとわがままを言ったのは私ですから」
「乙葉ちゃんならもう充分一人でやっていけるわよ。修正版も見させてもらったけど、完璧だった」
「ありがとうございます。でも紗理奈さんのようなセンスのよさは、まだまだ身につかなくて……」
「別に私の作るものが正解ってわけじゃないんだから。乙葉ちゃんは乙葉ちゃんの個性を出せばいいのよ?」
「はい、ありがとうございます」
そう言って頭を下げるものの、乙葉はまだ自信がなく、素直にその言葉を受け取ることはできなかった。
乙葉たちが勤めるのは業界大手のIT関連の会社。
動画配信アプリやネット広告だけでなく、最先端のトレンドを発信するファッションECサイトなど、エンタメからライフスタイルまでを幅広く網羅する総合IT企業だ。
乙葉はマーケティング部の広報課に籍を置き、主に自社サイトに掲載するマスコミ向けのお知らせや、SNSでの情報発信を任されていた。
と言っても、HTMLやCSSといった専門的なプログラミング知識がなくても簡単にWebサイトを作成できるソフトウェアを使っている為、難しいことはしていない。
「乙葉ちゃん。今回担当してもらってるインフルエンサーとのコラボグッズ販売企画、実際に販売開始から軌道に乗るまでも関わってもらってもいい?」
紗理奈に訊かれて、乙葉は「はい」と返事をする。
これまでは情報を発信する業務を多岐に渡ってこなしてきたが、じっくりとひとつの案件を最後まで見届けたい思いはあった。
だが自分からそれを言い出すのは、広報としてまだ半人前の自分にとっては気が引ける。
紗理奈から提案してもらえるなんて、またとないチャンスだった。
「私でよければやらせていただきたいです」
「うん、乙葉ちゃんなら大丈夫。もちろん私もサポートするから。これからは課の違い関係なく広報課もできる業務を増やして、企画開発課の負担を減らそうってことらしいの。だから一緒にがんばろうね」
「はい!」
乙葉は決意を込めて紗理奈にしっかりと頷いてみせた。
早速その日の午後に詳しい打ち合わせが行われることになり、乙葉は紗理奈と一緒に会議室に向かう。
「まずはそれぞれの担当者と顔合わせってとこね。DX本部から二人、マーケから私たち広報と企画開発課で合計六人よ。乙葉ちゃん、企画開発の赤井さんとは、もう面識あるわよね?」
「はい。プレスリリースを依頼されたのも赤井さんからですし、修正案などのやり取りもしています」
「そう。彼もたくさん案件を抱えているから、できればこれ以降はこちらで引き取りたいと思ってるの。今後はDX本部とのやり取りが多くなるかな。今回担当についてもらうのは、SEの君島さん」
「あ、はい……」
なんとなく乙葉は視線を落として返事をする。
SEの君島と紗理奈がつき合っているということは、広報課の女子の間で噂になっていた。
「やだ、変な気を遣わないで。私たち別に隠すつもりないから。でも乙葉ちゃん、まだ君島さんには会ったことがなかったっけ。まあ、うちは大きな会社だからほとんどが知らない人ばかりよね」
「はい。確か紗理奈さんと同期でいらっしゃるんですよね?」
「そう、私も彼も三十歳。今婚約中で、年内に婚姻届を出すことになってるの」
「そうなんですね! おめでとうございます」
ありがとう、と微笑んでから紗理奈は声をひそめる。
「それでね、まだ誰にも話してないんだけど、実は二週間前に私の妊娠がわかったところで」
「え……わあっ、おめでとうございます! 体調は大丈夫ですか?」
「うん、今のところは平気。でも初期なので、安定期に入るまでは他の人に言わないでおいてくれる?」
「もちろんです。お身体お大事にしてくださいね。何かあればいつでも声かけてください」
そう言って笑いかけた乙葉は、ハッとして真顔に戻った。
「紗理奈さん、それじゃあいずれ産休に?」
「このまま順調にいけばね。出産予定日は五月だから、キリよく三月末までで」
「そうですか……」
胸に抱えた資料をギュッと握りしめながら不安になってうつむくと、紗理奈が明るく乙葉の顔を覗き込む。
「大丈夫だって! 今すぐって話じゃないし、それまではしっかり乙葉ちゃんをサポートする。約束するから」
「はい、ありがとうございます」
紗理奈の為にも、少しでも早く一人立ちしなければ。
乙葉はそう心に決めて顔を上げた。
一人暮らしのワンルームマンションで着替え、朝食を食べてから出社すると、隣の席の五歳年上の先輩、紗理奈に挨拶する。
「おはよう、乙葉ちゃん。昨日は無事に帰れた?」
「ええ、まあ、なんとか」
あいまいに笑って席に着く。
「そう、よかった。ごめんね、プレスリリースの修正任せちゃって」
「いえ。いつも紗理奈さんに頼ってばかりで、この案件は一人でやり遂げたいとわがままを言ったのは私ですから」
「乙葉ちゃんならもう充分一人でやっていけるわよ。修正版も見させてもらったけど、完璧だった」
「ありがとうございます。でも紗理奈さんのようなセンスのよさは、まだまだ身につかなくて……」
「別に私の作るものが正解ってわけじゃないんだから。乙葉ちゃんは乙葉ちゃんの個性を出せばいいのよ?」
「はい、ありがとうございます」
そう言って頭を下げるものの、乙葉はまだ自信がなく、素直にその言葉を受け取ることはできなかった。
乙葉たちが勤めるのは業界大手のIT関連の会社。
動画配信アプリやネット広告だけでなく、最先端のトレンドを発信するファッションECサイトなど、エンタメからライフスタイルまでを幅広く網羅する総合IT企業だ。
乙葉はマーケティング部の広報課に籍を置き、主に自社サイトに掲載するマスコミ向けのお知らせや、SNSでの情報発信を任されていた。
と言っても、HTMLやCSSといった専門的なプログラミング知識がなくても簡単にWebサイトを作成できるソフトウェアを使っている為、難しいことはしていない。
「乙葉ちゃん。今回担当してもらってるインフルエンサーとのコラボグッズ販売企画、実際に販売開始から軌道に乗るまでも関わってもらってもいい?」
紗理奈に訊かれて、乙葉は「はい」と返事をする。
これまでは情報を発信する業務を多岐に渡ってこなしてきたが、じっくりとひとつの案件を最後まで見届けたい思いはあった。
だが自分からそれを言い出すのは、広報としてまだ半人前の自分にとっては気が引ける。
紗理奈から提案してもらえるなんて、またとないチャンスだった。
「私でよければやらせていただきたいです」
「うん、乙葉ちゃんなら大丈夫。もちろん私もサポートするから。これからは課の違い関係なく広報課もできる業務を増やして、企画開発課の負担を減らそうってことらしいの。だから一緒にがんばろうね」
「はい!」
乙葉は決意を込めて紗理奈にしっかりと頷いてみせた。
早速その日の午後に詳しい打ち合わせが行われることになり、乙葉は紗理奈と一緒に会議室に向かう。
「まずはそれぞれの担当者と顔合わせってとこね。DX本部から二人、マーケから私たち広報と企画開発課で合計六人よ。乙葉ちゃん、企画開発の赤井さんとは、もう面識あるわよね?」
「はい。プレスリリースを依頼されたのも赤井さんからですし、修正案などのやり取りもしています」
「そう。彼もたくさん案件を抱えているから、できればこれ以降はこちらで引き取りたいと思ってるの。今後はDX本部とのやり取りが多くなるかな。今回担当についてもらうのは、SEの君島さん」
「あ、はい……」
なんとなく乙葉は視線を落として返事をする。
SEの君島と紗理奈がつき合っているということは、広報課の女子の間で噂になっていた。
「やだ、変な気を遣わないで。私たち別に隠すつもりないから。でも乙葉ちゃん、まだ君島さんには会ったことがなかったっけ。まあ、うちは大きな会社だからほとんどが知らない人ばかりよね」
「はい。確か紗理奈さんと同期でいらっしゃるんですよね?」
「そう、私も彼も三十歳。今婚約中で、年内に婚姻届を出すことになってるの」
「そうなんですね! おめでとうございます」
ありがとう、と微笑んでから紗理奈は声をひそめる。
「それでね、まだ誰にも話してないんだけど、実は二週間前に私の妊娠がわかったところで」
「え……わあっ、おめでとうございます! 体調は大丈夫ですか?」
「うん、今のところは平気。でも初期なので、安定期に入るまでは他の人に言わないでおいてくれる?」
「もちろんです。お身体お大事にしてくださいね。何かあればいつでも声かけてください」
そう言って笑いかけた乙葉は、ハッとして真顔に戻った。
「紗理奈さん、それじゃあいずれ産休に?」
「このまま順調にいけばね。出産予定日は五月だから、キリよく三月末までで」
「そうですか……」
胸に抱えた資料をギュッと握りしめながら不安になってうつむくと、紗理奈が明るく乙葉の顔を覗き込む。
「大丈夫だって! 今すぐって話じゃないし、それまではしっかり乙葉ちゃんをサポートする。約束するから」
「はい、ありがとうございます」
紗理奈の為にも、少しでも早く一人立ちしなければ。
乙葉はそう心に決めて顔を上げた。