あえかなる君へ 心からの愛を
デスクで各部署への報告書を作りながら、柊は慣れない作業に愚痴が止まらない。

「何枚書かせる気だ? まったくもう、どいつもこいつも報告書が好きだな。しかも部署ごとにフォーマットが違うからコピペできないし。全部『かくかくしかじか』で済ませちゃいかんのか?」
「あはは! やってみてよ、怒られるから」
「だな。あー、腹減った。なんか頼むか」
「そうだね」

いつものビルの中にあるカフェにモバイルオーダーでデリバリーを頼むと、乙葉がふとカレンダーに目をやった。

「ねえ、今日は怖いイベントないよね?」
「ん? ああ、ハロウィンのあれか」
「そう。おばけ来ないよね?」
「わからんぞ。七月だから肝試しのシーズンかもしれん」
「うそでしょ? まさか、そんな」

そう言いつつ、乙葉はソワソワと落ち着きがなくなる。

「大丈夫だって」

やがて「お待たせしましたー」とカフェの制服を着た男の子がやって来た。

「ほらな、普通だろ?」

そう言って乙葉に笑いかけてから、柊は料理の入った紙袋を受け取る。

「彼女、前回は驚かせてすみませんでした」

ぺこりと頭を下げるカフェの男の子は、どうやら去年のハロウィンで乙葉を驚かせた張本人らしい。

「いえ、あの、お恥ずかしい。もう忘れてくださいね」

乙葉が澄ましてそう言い、柊は吹き出しそうになる。
男の子が去って行くと、「なーに澄ましてんだか:とからかった。

「うるさいわね。もう随分前の話でしょ? それにあの時はどうかしてたのよ。私も若かったから」

さっきまでソワソワしていたというのに、乙葉は素知らぬフリでツンと顎を上げる。
とその時、ふいにドン! という大きな音が響いた。

「ギャー! いやー!」

乙葉がガバッと抱きついてきて、柊は焦る。

「おい、料理がつぶれるってば!」
「怖い、なに、おばけ!?」

するとかすかにヒューという音のあと、またしてもお腹に響くような音がした。

「怖い―! なに、もうやだ」

柊の胸元をギュッと掴んで顔をうずめる乙葉に、柊は「堀井、見て」と声をかける。

「無理、怖い、おばけやだ」
「違う、花火だ」
「え、花火?」
「そう。ほら」

顔を上げた乙葉に笑いかけ、二人で窓の外に目を向ける。
遠くの空に鮮やかな花火が次々と打ち上がっていた。

「わあ、きれい」
「さっきまで怯えてたのに?」
「花火ってわかってたら怯えなかったわよ」
「やれやれ、負けず嫌いだな」

乙葉は柊に寄り添ったまま、花火にうっとりと酔いしれている。

「すてき……。クリスマスイブ以来だね。夏の花火はここ何年も観てなかった」
「俺も」
「がんばったごほうびかな? ふふっ」

微笑む乙葉の横顔が花火に彩られて美しい。

(クリスマスイブの時も、堀井のことが心配だった。けど今は、心から堀井を守りたい。堀井のことが……誰よりも愛おしい)

柊はようやく自分の想いを自覚して、乙葉の肩を抱く手に力を込めた。
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