あえかなる君へ 心からの愛を
ついにリリース
そしていよいよ十月三十一日。
グッズのオンライン販売開始を目前に控え、乙葉は朝から抜かりなく準備を整える。
定時を過ぎると次々と社員が退社し、最後に紗理奈が立ち上がった。

「じゃあ乙葉ちゃん、あとのことはよろしくね。何かあったらいつでも連絡して。私も彼も起きて様子を見てるから」
「はい、ありがとうございます」

笑顔で紗理奈を見送ると、乙葉は荷物を持ってDX本部があるフロアに移動した。

「森住、お疲れさま」

広いオフィスでポツンとデスクに向かっている柊に、そっと声をかけて近づく。

「おっ、お疲れ。まだ時間早いし、メシでも食うか? 腹が減っては戦はできぬ」
「そうだね。何かデリバリー頼もうか」

モバイルオーダーでビルの一階にあるカフェからラザニアやピザ、サラダやスープのデリバリーを頼む。
すると柊が、すっかり暗くなった外の景色に目をやった。

「俺、今日何が一番心配だったって、天気だよ」
「お天気? どうして?」

オンラインショッピングが天気によって左右されるとは思っていなかった。

「実店舗なら雨だと客足が遠のくけど、オンラインなら在宅が増えて利用者が増えるかもってこと?」

考えながらそう訊くと、柊はニヤッと笑って首を振る。

「違うね。また雷が鳴って誰かさんが抱きついてきたら、さすがの俺もまともにパソコンいじれなくなるから困るってこと」

途端に乙葉はムッと頬を膨らませた。

「あら、よかったわね。今夜はよく晴れて」
「ああ、助かった」

その時、コンコンとドアがノックされる。

「こんばんはー。お食事のデリバリーです」
「はーい、今開けますね」

乙葉はドアの横のセキュリティシステムにIDカードをピッとかざしてからドアを開けた。
次の瞬間……

「トリック・オア・トリート!」

黒いマントのゾンビが目の前に現れて、乙葉は「ギャー!」と悲鳴を上げる。

両手でドンとゾンビを押し退けると、「うわっ」という声と共に料理の入った袋が宙に投げ出された。

すかさず後ろから柊が右手を伸ばして袋を掴み、左手でよろけた乙葉の身体を支える。

「森住、怖い……」

乙葉は柊の胸元を握りしめて顔をうずめた。

「落ち着けって。まったくもう、子どもじゃあるまいし」
「だってゾンビが、この世界にゾンビが現れたのよ?」

すると申し訳なさそうに「あのう……」とゾンビが話しかけてきた。

「すみません。今夜はハロウィンなので、スタッフはみんなこういう格好をしてまして……」
「えっ、ハロウィン? そうか、今日はハロウィンなのね」
「はい。でもまさか、こんなに驚かれるとは思ってなくて。すみませんでした」
「いえ、あの、私がいけないんです。ごめんなさい、せっかくの雰囲気を壊してしまって……。あ、ちょっと待っててくださいね」

そう言ってタタッと自分のバッグを取りに行き、中からいつも持ち歩いているチョコレートをゾンビに渡した。

「はい、どうぞ。トリック・オア・トリート」
「ありがとうございます。じゃあ、俺からも」

ゾンビが差し出したキャンディを受け取る時、黒いマントがサワッと手首に触れて乙葉はビクッとする。

「なんかほんと、ここまで怖がってもらうなんて嬉しいやら申し訳ないやら。でも張り切って仮装した甲斐がありました」
「ええ、あの、かなりハロウィンムードを楽しめました。夢でうなされそうなくらい」

隣で柊が小さく吹き出して笑う。
ゾンビは「ありがとうございましたー」と両手を顔の横で振って帰って行った。
パタンとドアを閉めると、柊が飽きれたようにため息をつく。

「お前な、ほんとに二十五歳か? 今夜は雷鳴らなくてよかったと思ってたら、今度はゾンビかよ?」
「うるさいわね。怖いものは怖いんだから仕方ないでしょ。ほら、冷めないうちに食べるわよ」
「はいはい。食べたらゾンビになるゾンビメシだったりして? って、おい、本気にするな!」

半泣きで呆然とする乙葉を席に座らせ、柊はテーブルに料理を並べる。

「お、うまそう。ほら、堀井も食べろ」
「う、うん」

こわごわ口にすると、ラザニアもピザもチーズたっぷりで美味しく、乙葉はペロリと平らげた。
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