トラスト・ファンド・ベイビー 〜信託金目当てだったはずの金髪碧眼な資産家俳優に、私の絵ごと狙われています〜
――――ごく一般的な家庭で育った葵の人生において、リアムは奇跡的に世界が交わった相手である。
そんな別世界の住人である彼が強引に連れてきたのは、都内の有名ホテルのラウンジ。
出入りする人間はみな洗練されていて、ディスカウントストアで購入した黒のジーンズに白のニットというパート帰りの葵の格好は明らかに浮いていた。
その場違い感に気圧され萎縮していたが、しかしそんな事を気にしているのはきっと葵だけだろう。
リアムは今、仕事の連絡だと言ってタブを操作しながらジオと話している。
どうやら彼らはひとまずの結論を出した様子で、ジオが葵に向かって微笑んだ。
「では私は先に失礼。ニージマさん、ゆっくり過ごしてくださいね」
言ってジオが去って行き、葵は心許なさを覚えた。
ほぼ入れ違いにコーヒーが目の前のテーブルに差し出されたが、とても手をつける気にはなれない。
リアムはというと、勝手に自分の置かれた状況を語り出している。
どうやら彼の話によると、ギルフォード家の現当主にあたる祖父が、リアムに対し信託金の受け取り条件を突き付けてきたらしい。
「独身のまま好き勝手させないと言い出したんだ。二十八までに妻を得て一人前にならなければ、信託金を打ち切ると。正直、金はどうでも良い。でも打ち切りなんて行為自体が我慢ならないよ。プライドに関わる」
長い脚を組んで椅子に深く腰掛けるリアムに対し、葵は苦い笑みを零した。
「プライドか……あはは、リアムらしいね……それで結婚相手探しなんだ……」
自由を制限される事を嫌うリアムは、きっと許せないのだろう。
信託金の打ち切りは彼にとって経済的損失よりも、罰を与えられるという屈辱の意味が大きい。
「擦り寄ってくる女の目的はギルフォード家の財産だ。どうせそのうち離婚して、金をせしめる気だろ。そんな奴らより君の方が美しい」
リアムは至極もっともらしく言った。
――穿った見方してるなぁ。
しかしリアムほどのクラスになると人間関係はそう単純なものではないのかもしれない。
だからといって、そこで妻候補に葵の名が上がるのもピンとこないが。
「ごめんなさい。ちょっと意味が分からなくて……」
「日本語に誤りがあったか?どの部分だ?」
「そうじゃなくて……リアムの日本語は綺麗だよ。私が言いたいのは、なんで私と結婚なの?ってところで……」
会ったのは、もう十一年も前。
高校二年の夏休みでホームステイしたサンタフェだ。
しかも一緒に過ごしたのは、たった一週間。
するとリアムは視線を宙へ流したあと、葵へ視線を戻して、整った白い歯を見せ笑った。
「SNSでアビーの作品を偶然見かけたんだ。サンタフェの夏を思い出したら僕の妻はアビーしか居ないと思った。結婚するだろ?」
そういえば以前絵を担当した絵本が少し話題になっていた。
その反響でいつもより多くの受注があったのは覚えているが、まさかそれをきっかけに思い付いたというのか。
だが、それは答えになっていない。
そんな別世界の住人である彼が強引に連れてきたのは、都内の有名ホテルのラウンジ。
出入りする人間はみな洗練されていて、ディスカウントストアで購入した黒のジーンズに白のニットというパート帰りの葵の格好は明らかに浮いていた。
その場違い感に気圧され萎縮していたが、しかしそんな事を気にしているのはきっと葵だけだろう。
リアムは今、仕事の連絡だと言ってタブを操作しながらジオと話している。
どうやら彼らはひとまずの結論を出した様子で、ジオが葵に向かって微笑んだ。
「では私は先に失礼。ニージマさん、ゆっくり過ごしてくださいね」
言ってジオが去って行き、葵は心許なさを覚えた。
ほぼ入れ違いにコーヒーが目の前のテーブルに差し出されたが、とても手をつける気にはなれない。
リアムはというと、勝手に自分の置かれた状況を語り出している。
どうやら彼の話によると、ギルフォード家の現当主にあたる祖父が、リアムに対し信託金の受け取り条件を突き付けてきたらしい。
「独身のまま好き勝手させないと言い出したんだ。二十八までに妻を得て一人前にならなければ、信託金を打ち切ると。正直、金はどうでも良い。でも打ち切りなんて行為自体が我慢ならないよ。プライドに関わる」
長い脚を組んで椅子に深く腰掛けるリアムに対し、葵は苦い笑みを零した。
「プライドか……あはは、リアムらしいね……それで結婚相手探しなんだ……」
自由を制限される事を嫌うリアムは、きっと許せないのだろう。
信託金の打ち切りは彼にとって経済的損失よりも、罰を与えられるという屈辱の意味が大きい。
「擦り寄ってくる女の目的はギルフォード家の財産だ。どうせそのうち離婚して、金をせしめる気だろ。そんな奴らより君の方が美しい」
リアムは至極もっともらしく言った。
――穿った見方してるなぁ。
しかしリアムほどのクラスになると人間関係はそう単純なものではないのかもしれない。
だからといって、そこで妻候補に葵の名が上がるのもピンとこないが。
「ごめんなさい。ちょっと意味が分からなくて……」
「日本語に誤りがあったか?どの部分だ?」
「そうじゃなくて……リアムの日本語は綺麗だよ。私が言いたいのは、なんで私と結婚なの?ってところで……」
会ったのは、もう十一年も前。
高校二年の夏休みでホームステイしたサンタフェだ。
しかも一緒に過ごしたのは、たった一週間。
するとリアムは視線を宙へ流したあと、葵へ視線を戻して、整った白い歯を見せ笑った。
「SNSでアビーの作品を偶然見かけたんだ。サンタフェの夏を思い出したら僕の妻はアビーしか居ないと思った。結婚するだろ?」
そういえば以前絵を担当した絵本が少し話題になっていた。
その反響でいつもより多くの受注があったのは覚えているが、まさかそれをきっかけに思い付いたというのか。
だが、それは答えになっていない。