トラスト・ファンド・ベイビー 〜信託金目当てだったはずの金髪碧眼な資産家俳優に、私の絵ごと狙われています〜

③髪を切って、胸を張れ

嵐のようなリアムの来訪から、二週間が過ぎた。

パート先のドラッグストアに通いながら、どちらが副業かも分からないような絵の仕事をする日々。

そこに、もうひとつの習慣が出来つつあった。

それはあのリアムの存在だ。

断ったにも関わらず、彼はここのところ毎日、葵の仕事終わりに薔薇の花束を持って出迎えてくる。

シフトがどこからか漏れているのか、監視でもされているのか、裏口を出ると真っ赤な薔薇が差し出されるのだ。

「結婚しよう」
「お断りしまーす……」

好感触と思われてはいけないので花束は受け取らない。

そして速やかにリアムを横切ってゆくのが、ここ二週間の定番だ。

しかし葵が花束を無視したからといってリアムは諦めるような男ではなかった。

思えば彼の辞典に”失敗”という文字はない。

「つれないな。何に怒ってる?」

断られると思っていなかったであろうリアムは、どうやら葵が頷くまで粘るつもりらしい。

承諾すればこれまでの過程は帳消しになるとでも思っているのだろうか、いつもワンブロック先までは必ず付きまとわれる。

その時、毎回ひとこと二言は会話に応じてしまうのも良くないのだろうが、ずっと無視続けるのも気疲れするため今日も口をきいてしまう。

「薔薇の色が気に入らなかった?」
「いや、そもそも、なんでいつも薔薇なの?」

映画やドラマでしか見ないような大きな花束を毎回用意しては現れるリアム。

その姿が似合っているのがまた憎らしかった。

すると横並びについて歩くリアムが事もなげに言った。

「アートマーケットでこういうのが好きだと言ってただろ?」

かつて一緒に訪れたサンタフェのアートマーケットのことか。

そこの広場で恋人に求婚していた男性が、確かにこんな薔薇の花束を差し出していた。

そのシーンを観て感動し、釘付けになっていた葵に『好きなのか?』と尋ねたのはリアムで、あの時はロマンチックなプロポーズに夢中で言葉も出ずただただ頷いていた。

大切に閉じ込めていた思い出が蓋を開き、葵の心を揺らす。

「……何年前の話?」

「十一年前かな。あの時のアビーの反応は純粋でキュートだった」

まるで子供のお遊戯会でも思い出すような言い方である。

「あのね、リアムが覚えてる純粋なアビーはここに居ないから他当たってよ。素直な人間は卒業済みなんで」

「へぇ。卒業証書が見てみたいな。校長のサインは君自身なんだろ?」

リアムは口端を片方持ち上げて悪戯に笑う。

――あぁいえば、こう言う。

彼は母国で魅力的な女性に囲まれていたはずなのに。

< 6 / 34 >

この作品をシェア

pagetop