虚無に咲く華
裕也は携帯電話を耳に当てた。
数回の呼び出し音のあと、相手が出る。
「おう、俺だよ。ちょっと来てくれ」
電話の向こうから、女の声が聞こえた。
「……は? ちげーよ! そんなんじゃねぇよ」
裕也は呆れたように天井を見上げた。
「ちょっと怪我してる奴がいてな。消毒できるもんとか、適当に持ってきてくれ」
電話の向こうで、雅の声が大きくなった。
裕也は思わず携帯を耳から離す。
「俺じゃねぇよ! 詳しいことは来てから話す!」
大河がちらりと裕也を見る。
「ああ、すぐだ! 頼むぞ!」
通話を切り、携帯をテーブルに置いた。
ネクタイの結び目を緩め、そのまま首から引き抜く。
ジャケットを脱ぎながらキッチンへ向かい、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
プシュッ!
プルタブを開ける音が、静かな部屋に響く。
壁際の女がビクッと肩を震わせた。
裕也はちらりと女を見る。
何も言わず、ビールを一口飲んだ。
リビングへ戻る途中、女の前を通りかかる。
女は顔を伏せたまま、さらに身体を小さくした。
裕也は足を止めたが、何も言わずにソファーへ腰を下ろした。
大河も向かい側のソファーに座る。
「裕也さん、どなたを呼ばれたんですか?」
「雅だよ」
「雅さんですか」
「ああ。俺らじゃどうにもなんねぇだろ」
「……そうですね」
裕也はリモコンを手に取り、テレビをつけた。
画面にはバラエティ番組が映っている。
芸人たちの笑い声が、部屋に響いた。
裕也はビールを飲みながら、何気なく女へ目を向けた。
女が顔を上げていた。
壁際にうずくまったまま、テレビの画面をじっと見つめている。
裕也はチャンネルを変えた。
ニュース番組だった。
『続いてのニュースです。住宅に押し入り、住人に重傷を負わせたとして、警察は男の行方を追っています』
画面が切り替わり、指名手配された男の顔写真が大きく映し出された。
その瞬間――。
ビクッ!
女の身体が大きく跳ねた。
両手で顔を覆い、壁に背中を押しつける。
裕也はビールを口元へ運びかけたまま、動きを止めた。
女は指の隙間から恐る恐る画面を見た。
そして、すぐに顔を伏せた。
大河も女の異変に気づき、口を開きかける。
しかし、裕也が片手を小さく上げた。
大河は口を閉じた。
裕也はテレビへ視線を戻す。
画面には、まだ男の写真が映っていた。
「…………」
裕也は何も聞かなかった。
ただ、男の顔をじっと見つめていた。