大正初恋浪漫譚ー陸軍少尉と婚約は突然にー
*
夕刻。
小春が階下へ下りると、ばあやが廊下の隅で、昼間に使った盆を片づけていた。
「ばあや」
「あら、お嬢様。どうなさいました?」
「ううん、何でもないの。……手伝おうかと思って」
そう言って近づくと、ばあやは目を丸くした。
「まあまあ! お嬢様が、そのようなことをなさらなくてもよろしいのですよ」
「いいじゃない、これくらい」
小春は笑いながら、盆の上に残っていた茶器を手に取った。
ばあやは困ったように微笑んだが、やがて、ふと思い出したように口を開いた。
「それにしても、葛城の少尉様は、お若いのに本当にお心遣いのできるお方でございますねえ」
小春の手が、ぴたりと止まった。
「……え?」
「昼間のことでございます。私が足を滑らせたとき、すぐに助けてくださいました」
ばあやは、しみじみとした口調で続けた。
「私のような者にまで、あんなに丁寧に接してくださるなんて。お立場のあるお方ですのに、少しも偉ぶったところがございませんでした」
「そ、それは……」
小春は、手にした茶器に目を落とした。
「……そうね」
ようやく、それだけ答えた。