大正初恋浪漫譚ー陸軍少尉と婚約は突然にー
――お立場のあるお方ですのに、少しも偉ぶったところがございませんでした。
「……本当に、そうなのかしら」
小春は、ぽつりとつぶやいた。
昨日までは、彼のことを何も知らなかった。
家柄がよく、軍人で、礼儀正しい。
小春が知っていたのは、それだけだった。
けれど今日、ほんの少しだけ、違う一面を知った。
誰かが困っていれば、自然に手を差し伸べる人。
相手の身分など気にせず、目の前の人を気遣える人。
それが、彼のすべてではないのだろう。
きっと、まだ知らないことがたくさんある。
そう思うと、なぜだか少しだけ、知りたくなった。
千紘という人が、いったいどんな人なのか。
何を大切にして、何を考え、どんな思いで日々を過ごしているのか。
「……少しくらいなら、知ってみてもいいわよね」
誰にともなく、そうつぶやく。
その言葉を聞く者は、誰もいなかった。
けれど小春は、口にしてしまった自分の気持ちが、ほんの少しだけ恥ずかしかった。
窓の外では、春の風が庭木を揺らしている。
小春はそっと頬に手を当てた。
まだ、好きになったわけではない。
ただ、昨日までよりほんの少しだけ。
ーーーあの人のことが、気になり始めただけなのだ。