大正初恋浪漫譚ー軍人少尉と婚約は突然にー
第三章 知らぬ間に結ばれた縁
春の朝は、いつもより少しだけ明るく感じられた。
障子の向こうから差し込む陽光に目を細め、小春はゆっくりと身を起こした。
いつもと変わらぬ、穏やかな朝だった。
――ただ、ひとつだけ。
「……葛城少尉、か」
小春は、ぽつりとその名を口にした。
昨夜、床に就いてからも、彼のことが頭から離れなかった。
ばあやが話してくれた、千紘の人柄。
立場のある人でありながら、少しも偉ぶることなく、困っている者には自然に手を差し伸べる。
それが本当なら、彼は小春が想像していたよりも、ずっと温かな人なのかもしれない。
「……いけないわ」
小春は、ぱっと布団から起き上がった。
昨日まで、千紘はただの縁談相手だった。
けれど今は、彼がどんなことを考え、何を大切にしているのか、少しばかり知りたいと思っている。
それだけだ。
それだけなのに、どうしてこんなにも気になってしまうのだろう。
「……もう! 今日は学校に集中するの!」
小春は自分に言い聞かせるようにそう言うと、身支度を始めた。
まさか、この日のうちに、自分の人生を大きく変える話が持ち上がるなどとは、思いもしなかったのである。