大正初恋浪漫譚ー軍人少尉と婚約は突然にー

二年前の雨の日。

遠くから見つめることしかできなかった少女が、今はこうして隣にいる。

名前も知らず、再び会えるかどうかもわからなかった人。

その人が、今日から自分の婚約者になった。

胸の奥に、言葉にできない喜びが広がっていた。

けれど、それを口にすることはしなかった。

 
小春は、まだ何も知らない。

二年前のあの日、自分がどんな思いで彼女を見つめていたのかも。

今日という日を、どれほど待ち望んでいたのかも。


ーーーそれを伝えるのは、もう少し先でいい。

今はただ、彼女の隣に立てることを、大切にしたかった。


「小春さん」

「はい?」

「これから、よろしくお願いいたします」


改めてそう告げられ、小春は顔を上げた。

まっすぐな眼差し。
誠実な声。

その人が、今日から自分の婚約者になったのだ。


「……こちらこそ、よろしくお願いいたします」


小春は微笑んだ。


まだ、好きになったわけではない。
胸がときめいて、恋に落ちたわけでもない。

けれど、昨日まで遠い世界の人だと思っていた青年が、今はすぐ隣にいる。

そして、これからは彼のことを知っていけるのだ。

そう思うと、胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった。

 

――こうして、小春と千紘の婚約は決まった。

小春にとっては、これから始まる新しい関係。


けれど、千紘にとっては。

二年前の雨の日から、ずっと心に秘めていた願いが、ようやく動き始めた日だった。


そして、このときの小春は、まだ知らなかった。

自分が何も知らずに過ごしていた二年間。

その間も、千紘の心には、あの日の少女の笑顔が残り続けていたことを。


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