大正初恋浪漫譚ー陸軍少尉と婚約は突然にー
小春が門の前でためらっていると、玄関の戸が静かに開いた。
「小春さん」
呼ばれて顔を上げる。
そこに立っていたのは、千紘だった。
きちんと整えられた和装に身を包み、いつものように落ち着いた面持ちでこちらを見つめている。
その姿を認めた瞬間、小春の胸が小さく跳ねた。
「少尉。本日からお世話になります」
小春は慌てて頭を下げた。
すると千紘は、ほんのわずかに目を見開いた。
思いがけず、丁寧すぎるほどの挨拶を受けたからだった。
「……こちらこそ、よくいらっしゃいました」
そう答えてから、千紘は一度だけ言葉を切った。
何か、ほかに言うべきことがあるような気がした。
けれど、いざ目の前にすると、うまい言葉が見つからない。
二年前、初めて彼女と出会ったときもそうだった。
あのときは、まだ幼さの残る少女だった。
目の前のことに一生懸命で、思ったことがそのまま顔に表れる、真っ直ぐな娘だった。