大正初恋浪漫譚ー陸軍少尉と婚約は突然にー

*


数日後の午後。

葛城家に、一人の令嬢が訪ねてきた。


ーーー藤堂綾子である。


淡い色合いの着物を上品に着こなし、柔らかな物腰で女中に取り次ぎを頼む姿には、育ちのよさが自然と滲んでいた。

客間へ通された綾子は、差し出された茶に礼を述べ、静かに座していた。


久しぶりに訪れる葛城家だった。

この家には、幼い頃から幾度となく足を運んでいる。

見慣れた庭も、廊下の佇まいも、記憶の中にあるものと少しも変わらない。


けれど、今日は一つだけ、以前とは違うことがあった。


ーーー千紘には、婚約者がいる。

その事実を思い浮かべるたび、綾子の胸には、言葉にしがたい思いが込み上げた。

もちろん、婚約の話は耳にしていた。

千紘の縁談が決まったと聞いたとき、綾子はすぐには信じられなかった。

いつか、彼の隣に立つのは自分だと。

そう願うことが、いつの間にか当たり前になっていたからだ。

けれど、家同士の付き合いが長いからといって、千紘の心まで知っているわけではない。

そのことを、綾子は誰よりも分かっていた。

それでも、諦めることはできなかった。

長い年月をかけて胸の中に育ててきた想いは、そう簡単に消えてくれるものではなかった。



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