大正初恋浪漫譚ー陸軍少尉と婚約は突然にー
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数日後の午後。
葛城家に、一人の令嬢が訪ねてきた。
ーーー藤堂綾子である。
淡い色合いの着物を上品に着こなし、柔らかな物腰で女中に取り次ぎを頼む姿には、育ちのよさが自然と滲んでいた。
客間へ通された綾子は、差し出された茶に礼を述べ、静かに座していた。
久しぶりに訪れる葛城家だった。
この家には、幼い頃から幾度となく足を運んでいる。
見慣れた庭も、廊下の佇まいも、記憶の中にあるものと少しも変わらない。
けれど、今日は一つだけ、以前とは違うことがあった。
ーーー千紘には、婚約者がいる。
その事実を思い浮かべるたび、綾子の胸には、言葉にしがたい思いが込み上げた。
もちろん、婚約の話は耳にしていた。
千紘の縁談が決まったと聞いたとき、綾子はすぐには信じられなかった。
いつか、彼の隣に立つのは自分だと。
そう願うことが、いつの間にか当たり前になっていたからだ。
けれど、家同士の付き合いが長いからといって、千紘の心まで知っているわけではない。
そのことを、綾子は誰よりも分かっていた。
それでも、諦めることはできなかった。
長い年月をかけて胸の中に育ててきた想いは、そう簡単に消えてくれるものではなかった。