大正初恋浪漫譚ー陸軍少尉と婚約は突然にー
「綾子様、お待たせいたしました」
女中の声に顔を上げると、客間の入り口に一人の少女が立っていた。
年の頃は十七、八ほどだろうか。
涼やかな色の着物に身を包み、こちらを見つめる瞳には、隠しきれない好奇心が宿っている。
「初めまして。小春と申します」
少女は丁寧に頭を下げた。
綾子は一瞬だけ目を見開き、それから穏やかに微笑んだ。
「あなたが、小春さんなのですね」
「はい」
「お噂はかねがね伺っております。千紘さんのご婚約者でいらっしゃるとか」
小春は少しばかり照れたように頷いた。
「まだまだ至らぬところばかりですけれど……」
「まあ。そんなご謙遜を」
綾子は柔らかな声で言った。
その声音にも、微笑みにも、表立った棘はない。
小春は初対面の令嬢を前に、少し緊張していたものの、綾子の穏やかな物腰に、ほっとしたように表情を和らげた。
「綾子さんは、少尉とは以前からのお知り合いなのですか?」
「ええ。ずいぶん昔から」
綾子は懐かしむように目を細めた。
「千紘さんは、昔からあまりご自分のことをお話しにならない方でしたから。小春さんも、何かと戸惑われることがおありでしょう?」
「……そうですね」
小春は正直に頷いた。
「何をお考えなのか、分からないこともございます。でも……」
そこで言葉を切り、少し考える。
「お優しい方だとは思います」