大正初恋浪漫譚ー突然、陸軍少尉の婚約者になりましたが、彼は二年前から私に恋をしていたようですー
その答えに、綾子はほんの一瞬、目を伏せた。
「ええ。本当に」
千紘の優しさを、綾子も知っている。
それは、声高に語られるようなものではなかった。
誰かが困っていても、ことさらに手柄を誇ることはない。
相手が礼を述べても、さして気に留めた様子もない。
ただ、必要だと思えば手を差し伸べる。
それだけのことなのだ。
けれど、綾子にとっては、その優しさが忘れられない思い出になっていた。
ーーーあれは、まだ少女だった頃のこと。
誰にも見られたくなくて、一人、庭の片隅で涙をこぼしていた日。
千紘は、泣いている理由を尋ねなかった。
無理に慰めようともしなかった。
ただ、少し離れたところに腰を下ろし、綾子が落ち着くまで、黙ってそばにいてくれた。
あのとき、どれほど救われたことか。
千紘にとっては、ほんの些細な出来事だったのかもしれない。
けれど、綾子は今も、その日のことを忘れられずにいた。
「……千紘さんは、ご自分がどれほどお優しいのか、ご存じないのでしょうね」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
小春は、少し不思議そうに綾子を見つめた。
その表情に、綾子ははっとして微笑み直す。
「失礼いたしました。つい、昔のことを思い出してしまって」
「いえ……」
小春は首を横に振った。